兄貴「涼太、俺に何か言うことないか?」
俺「別にないけど」
兄貴「歩美のことで、言わなきゃいけないことがあるだろ?」
まさか、確信をつかれるとは思ってなかった。俺は嘘をつくのが昔から下手で、そのまま言い返せずに黙ってしまった。
それを兄貴は肯定と受け取った。
兄貴「俺からは言わない。お前が俺にちゃんと言えよ」
俺「だから何を?」
兄貴「とぼけるな。歩美のことだ、それで分かるだろう?」
歩美が自分の彼女だからって強気な態度で突っかかって来た兄貴に俺は本気でムカついた。
俺「なんだよ、兄貴だって奈津に告白されたんだろ!隠してんじゃねえよ!」
奈津の恋をこんな風に喧嘩のネタに使いたくなった。それに、それを言ったところで俺が優勢になるわけがない。
兄貴「だからなんだよ、お前に関係ないだろ」
部屋に持って行こうとして手に持っていた2リットルのポカリを、兄貴は床に落とす。それが合図のように、兄貴は俺に怒鳴りつけて来た。
兄貴「お前、歩美が俺の女って分かってるよな!?分かってて好きなのかよ!?」
俺「だからなんだよ!俺が誰を好きだろうが関係ないだろ!自分だって奈津を振ったくせに!」
兄貴「なっちゃんの告白は今関係ない!話に出すな!」
俺「奈津は昔から知ってる大切な奴だから関係ある!傷つけてんじゃねぇよ!」
話は平行線のまま。お互いに一歩も引かなかった。それどころかヒートアップしていた。
普段怒らない温厚な兄貴が、この時ばかりは本気でキレていた。今まで見たことないくらい眉間にシワを寄せ、聞いたことないくらい低い声で威嚇してきた。
でも、俺もここで引けなかった。歩美が好きだから、それを兄貴に認めさせたかったんだ。
俺「奈津をあんなに傷つけたくせに、俺に威張るな!」
兄貴「それはもうなっちゃんと話して解決したことだし納得してもらってる!ガキのくせに恋だの愛だの大人の真似してんじゃねぇ!」
次の瞬間、俺は兄貴に殴りかかっていた。自分でも止められないくらい本気で拳を向けたのだ。
正直どっちも子供だよな
俺もそれ思ったんだよ。だからブチ切れてしまった(笑)
普段の兄貴なら避けれたかも知れないが、初めて向けた拳は綺麗に兄貴の顔にぶつかった。殴った衝撃で俺の手は痛いし、何より骨と骨のぶつかる感覚が気持ち悪かった。
でも、そんなこと言ってられなかった。倒れた兄貴はそのまましばらく動かないでいたかと思うと、起き上がって同じように拳を俺の顔面に叩き込んできたのだ。
初めて殴られた感想を述べるとしたら、脳が揺れる感じ。何が起きたのか分からず、状況理解に時間がかかった。
でも、これでお互いに引く必要がなくなった。
兄貴はそのまま倒れた俺に馬乗りになると、本当に具合悪いのか疑いたくなるくらいに殴ってきたのだ。
でも、一発目に比べて威力がないことから兄貴の体力が風邪のせいで奪われてると分かった。
なら、こっちも反撃する隙はある。兄貴の拳が弱まった一瞬を逃さなかった俺は、思いっきり身体を起こして形成逆転してみせた。
俺「兄貴だってまだ高校生だろ!それなのに歩美と結婚したいとか夢みたいなこと言ってんなよ!」
顔が痛いし、身体も痛い。兄貴に殴られた場所が痛さで熱くなっている感じだった。
泣きながら怒鳴る俺は子供が駄々をこねるようなもので、何言ってるのか自分でもわからなかった。
兄貴「お前だって、俺を殴ってどうするんだよ!殴ったら歩美を諦めるのか?!そんなつもりないくせに、ふざけんじゃねえ!」
俺「うるさい!!うるさい!!うるさい!!」
殴る手が痛くなったので胸ぐらを掴んで揺らすが、兄貴は顔を真っ赤にして尚も俺を怒鳴りつけた。
馬乗りになっている俺の涙が兄貴の顔に落ちていたが、兄貴はそれを気にしていなかった。
兄貴「お前がどれだけ俺を殴っても、俺は歩美を渡さないからな!」
それが最後の言葉。兄貴は「うっ!」って喉を鳴らすと盛大に吐いた。まさかのゲロに俺は飛ぶようにして乗っていた兄貴から退いた。
よく考えれば具合悪い人間を殴って腹の上に乗ったら、吐くに決まってるよな。
俺「おい兄貴?!大丈夫か!?」
急いで近くにあったゴミ箱を兄貴に渡すと、兄貴はその中に三回は吐いた。
なんかもう、怒りが冷めてそんなになってまで歩美を守ろうとする兄貴がかっこよく見えてしまった。
兄貴「ごめん、涼太…タオルと水とってきて」
俺「分かった!」
喧嘩してたのが嘘みたいに、俺と兄貴はいつも通りに戻っていた。さすがにこんなになってまで話を続ける気はない。
リビングにぶちまけたゲロを兄貴が具合悪そうにしている横で急いで片付ける。兄貴は申し訳なさそうに謝っていた。
完全にダウンしてしまった兄貴に肩を貸しながら、俺は部屋まで連れて行ってやった。顔は殴ったせいで腫れていて、ようやく冷静さを取り戻す。俺は罪悪感でいっぱいだった。
俺「殴ってごめん…」
まだ泣いたままの俺はしゃくり上げながら謝罪する。吐いたモノを掃除したのも、兄貴がぶっ倒れるのを見るのもこれが初めてだった。
兄貴「いいよもう、俺も言いすぎた…」
ベッドに横になる兄貴は顔を腕で覆って隠していたが、相当気分が悪そうだった。
俺「救急車呼ぶ?」
兄貴「寝れば治るから呼ぶな」
俺「ごめん、本当にごめん」
兄貴「もういいから、泣くな」
そう言う兄貴の声も少しだけ震えていた。顔を隠しているのは気分が悪いのもそうだが、泣いていたのかも知れない。
部屋から出ると、俺は自室に篭って泣いた。
自分があまりにもダメすぎて、この片思いのせいでどれだけの人を傷つけ振り回してきたのか考えると情けなかった。
子供だからとか、中学生だからじゃすまされないくらいに皆を巻き込んでいたのだ。
兄貴がなぜ俺の歩美への片思いに気づいたか知るのは、もう少し後だった。兄貴は俺のせいで4日間も寝込んでしまったのだ。
親には腫れた顔で兄弟喧嘩がバレ、元気な俺が怒られた。父親は兄弟だから殴り合いくらいするだろうと何も言わなかったが、母親がうるさかった。
なぜ喧嘩したのか聞かれたが、俺も兄貴も絶対それは言わなかった。
横恋慕するのと、女を振るのは全然違うよ
兄貴に非はない
まあ、叶わない恋に悩む俺かっけえみたいなもんなんだろうけど
歩美への片思いを兄貴が知ったきっかけは、奈津だった。告げ口をしたのかと思ったがそうじゃなく、奈津が言った言葉に違和感を覚えたらしい。
兄貴が歩美と結婚したいと奈津に話した際に、奈津が「涼太はどう思ってるんですか?」って聞いていたのだ。
そのときは意味がわからなかったから「喜んでくれると思う」って話したが、後になって考えると言葉の意味と雰囲気的におかしいと気づいたらしい。
俺の今までの態度や、歩美への視線。そのすべてを思い出した結果、一つの仮説が生まれた。
決定的になったのが、具合悪いから歩美が来ると言ったときの俺の反応。その反応に兄貴は何かあったと察したらしい。
兄貴すげーな
男ってそういうのに鈍感なハズだがwww
>>305
俺が歩美にタメ口呼び捨てだったり、気づかないうちに歩美来ないの?とか聞いてたみたいなんだ。だから多分、日々の積み重ねで分かってしまったんだと思う。
サッカー部の部長やるくらいには周り見れる兄貴だしな。まあ、それは関係ないか(笑)
多分同じ状況になったら気づくのかもな。
それからズルズルと、俺は歩美への恋を引きずった。
兄貴に殴ったことを謝ったとき「歩美に告白するくらいは許してやる」と言われた。
もうそのときに分かってしまった。俺は兄貴には勝てない。兄貴は最初から、俺など恋敵として相手にしていなかった。
一年以上付き合ってれば喧嘩だってするだろう。歩美が俺に見せた一瞬の弱みも、俺が思っているより軽い痴話喧嘩の一つだった。
お互いに思いあってる自信と揺らぐことのない信頼があるから、兄貴は俺に告白しろと言ってきたのだ。
殴り合いする前にそれを言われたら確実にキレていたが、もう何も思わなかった。
告白しろってのはバカにして言ってるわけじゃなく、俺が本気で歩美を好きだと分かっていたからこそ、後ろめたくならないようにとの兄貴の優しさだった。
弟が自分の女に告白したからって、まだ中坊なんだから可愛いもんだと笑って見逃せばいいのに
からかうくらいの余裕が欲しいね
高校生なんてそんなもんだろ
これから高校生になる俺が言えることではないが
兄貴の気持ちもわかるぞ
兄貴に告白しろと言われてからしばらくは、本当に悩んだ。一度それっぽいことを言っていたし、それから避けられていたわけだからな。
奈津にも相談した。喧嘩して顔が腫れたので理由を聞かれ、そのときに兄貴にバレたことを教えたのだ。
奈津は自分なら伝えないと言っていた。理由は一度言っているし、2人の邪魔をしたくないかららしい。
前に奈津が好きな人の幸せを願うとか言っていたとき、大人ぶってるただの綺麗事だと思ったがこのときようやくその気持ちが分かった。
うまく言えないけど、絶対って自信が俺にはなかった。兄貴は歩美のためならなんだってするだろうけど、俺にはできない。
幸せにする自信があるとか、傷つけないとか口ではどうとでも言えるが、兄貴みたいに吐いてまで歩美のために一歩も引かないなんて無理だろう。
俺は12月の初めまでだらだらと悩んでいた。その間に歩美が家に来たが、歩美は顔を合わせても別に普通だった。
歩美もきっと悩んだと思う。彼氏の弟に恋愛対象にならない?なんて聞かれて悩まないはずがないよな。
そんなある日、俺は康平くんからメールで家に来いと呼び出しをされた。
康平くんって最初の方にも書いていたが、俺のサッカー部の先輩であり兄貴の同級生である。