でも、聞いてしまったならしょうがない。俺は黙って歩美の答えを待った。
歩美「うーん。仲良いよ、健太と」
健太大好き!とか、超仲良しだよ!とか、そういう返事をされると構えていただけに、その意味深な言い方に俺は拍子抜けだった。
俺「何その言い方。うまくいってないの?」
歩美「えー。内緒だよ」
そう言って笑うが、横目でちらっと見た歩美はちゃんと笑えていない。
俺「兄貴と喧嘩した?」
歩美「しないよ。健太は私と違って大人だしね」
俺「同い年だろ」
歩美「でも、全然違うよ健太は。サッカー部の部長だし、クラス委員もやってるし」
歩美が何を言いたいのか俺には分からなかった。サッカー部の部長が兄貴なのは知っていたし、クラス委員を押し付けられたと文句を言っていたのも記憶に新しい。
でもそれが、イコールして大人にはならないし、付き合いに影響するとは思えなかった。
こうやって弱ってる歩美を、俺は待っていたんだと思う。そうすればつけいる隙が出来るんじゃないかって、考えたこともあった。
でも実際は違った。優しい言葉吐いてやろうとか思えなかった。兄貴に対しての怒りが湧き上がったのだ。
なんで歩美がこんな不安な顔してんだよ。弱ってる歩美を慰める役目は彼氏の兄貴だろ。って、ムカついていた。
それと同時に、俺まで切なくなった。
この時歩美が何を考えて、悩んでいたのかは分からない。でも一年以上付き合って、兄貴がサッカー部の部長になって…目まぐるしく変わる状況に歩美はついていけなかったんだろう。
俺「兄貴が好き?」
歩美「好き」
俺「兄貴のどこが好き?」
歩美「全部」
聞いていて、バカらしかった。最初からどこにも、俺がつけいる隙なんてなかった。
本当に俺は若かった。子供だった。誰かも言ってたけど叶わない恋をする自分に酔っていた。
他とは違う恋愛だ。お前らの恋愛とは違う。って、心の何処かで周りの同級生の恋愛を否定して見ていた。
だから罰が当たった。一途に歩美を見ていても結ばれることはないが、それでも何か変わったかも知れないのに。
俺「なあ、歩美」
近道するために通った公園は、いつか奈津と待ち合わせして話しをした公園だった。傘を持っている俺が急に止まったため、歩美は傘から少し出て濡れてしまった。
歩美「いきなり止まらないでよ。どうしたの?」
雨に濡れた歩美は、慌てて制服の袖で顔を拭う。俺は、どうしたの?って見つめて来る歩美にもう気持ちを隠すなんて我慢が出来なかった。
俺「俺なら、兄貴と違って歩美を傷つけない」
歩美「えっ?」
俺「確かにまだ中2でガキだし、バイトも出来ないし、義務教育受けてるよ。でも、傷つけない自信がある」
歩美「涼太何言ってるの?」
俺「分からない?」
歩美「分からない」
俺「分からないフリだろ。なあ、兄貴じゃなきゃダメなの?俺は、歩美にとって恋愛対象外?」
好きと言わないことだけが、唯一の強がりだった。それを言って断られてしまえば、すべて否定される気がして怖かったのだ。
歩美「ちょっと待って、意味が分からない…だって涼太は健太の弟だよ?私は健太と付き合ってて、そんな風に見れないよ」
本気で困った様子の歩美は、そっと傘から抜ける。雨に濡れることも構わず、「ごめん」とだけ言い残して走り出したのだ。
俺「おい!」
走る方向は俺の家だったが、ドロが跳ねるのも気にせず全力疾走で歩美は去って行った。
公園に一人残された俺は、自分が今何を言ったのか少しずつ冷静になっていく頭で考えて血の気が引いた。
とうとう、気持ちを言ってしまったのだ。
まるで安っぽいドラマみたいだった。好きな女には彼氏がいて、その相手が俺の兄貴で。告白したけど逃げられて。
どうせ振られるなら、なんでちゃんと好きって言葉にしなかったのだろう。恋愛対象外?なんて聞き方じゃなくて、きちんと「歩美が好きだ」って言いたかった。
俺は泣いたね。今まで歩美と出会って何度か辛くて泣いたが、この時が1番泣いたと思う。
自分がどうしたいのか分からなかったし、これからどう歩美と接して行けばいいのかも分からなくなってしまった。
帰るに帰れなくなったので、俺は友達に連絡して皆集まってると言われたマックで8時近くまでポテトのLとコーラのLで粘った。
今大人になったから言えるが、あのとき公園でハッキリ告白して無理やりキスでもしてやれば良かったと思ってる。だから本当に俺はガキだったんだよ。
意気がってるくせに実際にやれと言われれば出来ないチキンだしな。でも中学生なんてそんなもんだろ。
帰ってから兄貴に歩美が濡れて帰ってきた件をなぜか聞かれるかと思ったが、何も言われなかった。
逆に「傘ww」とか言って笑われた。意味がわからなかったが変に聞いて面倒なことになりたくなかったので、一緒になって「傘ww」って笑っておいた。
多分、歩美が機転をきかせて何か言ったんだろう。別に、俺に告白されたって言ってもよかったのに。
この時から俺は、絶対に勝てない兄貴に対して本気でライバル視していた。
若干気取ってる感じだからその場その場でそういう風に書いてるだけじゃないかな
いや、もう何も思ってないよ。振り返ったときにどうせ結ばれなかったんだしそういうことしときゃよかったって感じかな。
その一件からしばらく、俺の周りで特に変わったことはなかった。いつ兄貴に告白がバレるか気にしてはいたが、そんなことはなかった。
歩美も避けてるのか家に来ることはなかったし、俺自身も兄貴に歩美のことを聞かなかった。
11月も近づいて肌寒くなって来た頃だったと思う。兄貴の様子がおかしい日があった。俺を避けるような態度で、ご飯のときも上の空って感じだった。
俺「兄貴どうしたの?」
兄貴「いや、別になんでもない」
俺「俺なにかした?」
兄貴「お前は関係ないから大丈夫」
その返事に違和感があったが、それ以上聞かないで学校に向かう。すると同じ日に、登校して来た奈津の様子がおかしかった。
明らかに泣き腫らした目をしていて、いつもうるさいくせに静かに教室で過ごしていたのだ。
朝の兄貴の態度と、静かに過ごす奈津をイコールづけるなんてこと、鈍感な俺にはできなかった。
しかし昼休み、俺は奈津に呼ばれて屋上に繋がる階段に向かった。人が来ないので都合がよかったのだろう。
弁当を食べてからクラスの奴らが気づかない程度に時間をあけて、奈津は後から階段にやって来た。
奈津「呼び出してごめんね」
俺「別にいいよ」
近づいて顔を見てみると、やっぱり目は赤くなっていた。朝より大分マシになってはいたが、それでも泣いたことがわかるくらいには腫れている。
俺「お前泣いた?」
奈津「うん。呼んだのはその話がしたかったから。私、健太くんに昨日告白したよ」
じわじわとまた目に涙を溜める奈津に、俺が泣かせてる気分だった。慌ててハンカチか何かを渡そうとブレザーのポケットを漁るが、中からは飴かゴミしか出てこない。
とりあえず飴をあげたら、ハッキリいらないと断られた。
奈津「実は昨日、塾の帰りに健太くんに会ったんだ。あっちが気づいて声かけてくれたんだけど、遅いからって家まで自転車の後ろに乗せてくれたの」
俺「知らなかった」
奈津「言ってないから当たり前だよ。でね、その時に告白したんだ。でも、振られちゃった」
奈津はきちんと兄貴が昔から好きだったと伝えたらしい。それに対して兄貴も誠意を持って返事をくれたと奈津は言った。
奈津「まだ好きだけど、私は気持ちを伝えてすっきりしたからもう健太くんは諦める」
俺「マジで言ってるの?」
奈津「うん。だって、彼女の歩美さんには勝てないよ。健太くんが昨日、歩美さんとどれだけ真剣に付き合ってるか、 話してくれたんだ」
俺「……」
奈津「それにね、俺と歩美を見守っててって言ってたの。ひどいよね、好きな人の恋愛なんて応援したくないよ」
兄貴らしいと思った。
奈津に諦めてとかごめんって言わないで、きちんと自分達を認めてもらおうとするところがあいつらしい。
俺「辛くないのかよ」
奈津「辛いに決まってるじゃん。でも、好きだから…ずっと好きだったから、幸せになってほしいんだもん」
兄貴は奈津に言ったらしい。歩美とこのまま結婚したいと思ってるって。だから親にも紹介したし、皆に認めてほしいのだ。それは奈津も例外じゃない。
俺「そっか…」
納得したフリして、俺は奈津のその考えを頭の中で否定していた。
歩美は兄貴とじゃなきゃ幸せになれないのか?俺だって幸せに出来るかも知れない。
俺にとって歩美は初恋だった。初恋は叶わないと言うけれど、叶う初恋があってもいいだろ。
俺「でも、俺は歩美を諦めたくない」
奈津「涼太は歩美さんと健太くんを認めないってこと?」
俺「違う。でもお前にこの気持ちは分からないと思う。もう引けないところまで来てるし、ここで諦めたら今まで我慢して来た意味がない」
筋の通らない言い分に、奈津は呆れていたと思う。でも「頑張って」とだけ言ってくれた。
兄貴が朝俺を避けていた理由も、これでなんとなく分かった。奈津のことで気まずかったんだろう。
この後の授業は国語だった。俺は勉強する気になれず、奈津と別れてからそのまま保健室に向かった。
どうせグラウンド使えないから部活はピロティーでの筋トレだし、明日は土曜日で休みだ。そう思って初めての仮病を使って早退することにした。
教室にエナメルを取りに行って先生に一言言うと、まっすぐ帰宅した。
親は仕事でいないはずだし、持っていた鍵で玄関を開けてみるとまさかの鍵があいていた。
最後に家を出た人が閉め忘れたのかと思って不用心だと思い入ると、なぜか兄貴のローファーがあった。
俺「ただいま…って、なんでいるの?」
兄貴「いや、それこっちの台詞なんだけど。お前まだ学校だろ?」
俺「えっ?自主早退」
兄貴「それを世間ではサボりっていうんだよ」
朝の気まずい雰囲気はなくなり、いつもの兄貴に戻っていて一先ず安心した。
兄貴は俺と違って風邪を引いて早退して来たらしく、病院で貰った薬の袋がテーブルに置かれていた。寝るつもりだったらしく、冷えピタを貼ってパジャマに着替えてある。
俺「大丈夫?」
兄貴「大丈夫。後で歩美来るらしいし」
俺「えっ?」
兄貴「嘘だよ」
そう言って俺を見る兄貴の目は、今まで見たことがないくらい冷たいものだった。
俺は一気に血の気が引き、心臓はバクバクと音を立てた。