その問いにすぐ答えられるほど、簡単じゃなかった。ここで好きだと言ってどうにかなるのか?って、自問自答する。
でもやっぱり、誰にも相談出来ない辛さで俺はどうにかなりそうだった。
本当は歩美が好きだと言いたい。兄貴から奪ってやりたい。けど、そんなことを誰に話せる?頭がおかしいと思われるか、笑われてしまう。
たかが中学生の恋愛だと言われれば、それまでなのかも知れない。でも当時の俺は俺なりに本気で歩美を好きだった。だから空回りしてばかりいた。
歩美という現実から逃げて、水口を利用したようなものだ。
俺「どうして分かったんだ?」
奈津「見てれば分かるよ。涼太って基本的に女子と絡まないし、私が家に行った日あったでしょ?あの時涼太、健太くんの彼女を見て泣きそうな顔してた」
たったそれだけの分かるか分からないかの小さな俺のサイン。歩美を好きだって気持ちを隠しきれなかったその表情一つで、奈津は気づいたのだ。
俺「女って怖いな」
奈津「うん、怖いよ。恋愛に関しては多分男より勘が働くし、必死になるからね」
どうして、俺たちは選ばれないのだろう。いくら考えても答えなど出なかった。
奈津「涼太は、健太くんの彼女が好きなのに水口さんを利用した。今この瞬間も付き合ってるっていうこと自体が、傷つけてるんだよ」
俺「分かってる。でも、どうしようもなかったんだ」
何をしたって意味がない。歩美が発する言葉一つに振り回されて、バカみたいだ。
あの時歩美が付き合えばいいのにって言ったのは、別に深い意味があったわけじゃない。それを俺が勝手に捻くれた受け取り方をしただけだ。
奈津を連れて家に帰っても、水口と付き合っても、歩美を避けて会わないようにしても、少しも歩美が傷つくことはない。
奈津「涼太は何も分かってない。傷ついてるのは、水口さんだけじゃない」
俺「……」
奈津「涼太は、水口さんと好きじゃないのに付き合うことで後ろめたくなるでしょ。涼太も傷ついてるんだよ」
俺「……」
奈津「なんでもっと早く私に言わなかったの?別に誰にも言わないよ。ごめんね、涼太。気づいてあげられなくて」
そう言うと、奈津は泣いた。俺が泣きたいのになぜか奈津は声を出して号泣したのだ。
俺たち2人はまだ中学生だから、なんでも出来るって思ってた。縛られないで生きている。何不自由なく手に入る。そう錯覚していた。
でも今、初めて頑張っても報われない現実に直面している。頭のどこかでは分かっていた。この恋愛が叶うわけないと。
それから15分ほど奈津は泣き続け、俺は何もせずに黙って横にいた。ここで頭を撫でたり抱き締める勇気もなければ、そんなことされても奈津は嬉しくないと思った。
奈津「泣いてごめんね」
俺「大丈夫」
奈津「ありがとう」
この時の奈津の泣いて目の潤んだ笑顔を見て、俺は気づかされた。今こうして水口と付き合ってる時点で、俺には歩美を好きでいる資格はない。
一途に逃げることなく好きでいた奈津とは違うのだ。
もう一度、歩美だけを好きな日々に戻りたい。そう思った。
次の日。俺は朝早く家を出た。
前日に奈津と別れてから、直ぐに水口に明日の朝話があるとメールを入れておいた。
水口はいつもの可愛いメールと違い、何かを感じ取ったのか「分かった」と絵文字もない返信をしてきた。
自分の教室に行ってエナメルを置くと、直ぐに水口の教室に向かう。すると既に来ていて、静かに座って待っていた。
俺「水口?」
水口「あっ、おはよう」
いつもの元気な水口がそこにはいなかった。当たり前だよな。普段素っ気ないメールしか返さないくせに、初めて俺からしたメールが話があるって内容だ。もう、分かっていたんだろう。
俺「あのさ水口、別れよう」
まだ誰もいない教室で、俺はその言葉だけをハッキリと口にした。躊躇いはなかった。
水口「どうして?」
俺「ごめん」
水口「奈津ちゃんが好きだから?」
やっぱり奈津が言っていたとおり、水口は俺と奈津の仲を勘違いしていた。
俺「違う。あいつは男友達みたいな感覚だから、恋愛の好きじゃない」
水口「じゃあ、どうして?」
俺「他に好きな奴がいる」
水口「私の知ってる人?」
俺「いや、知らない人」
水口の目に、みるみるうちに涙が溜まっていく。傷つけない振り方を誰か教えてくれって本気で願った。
水口「涼太くんが好きなの、別れたくない」
俺「ごめん」
俺は歩美のことを言うつもりはなかったから、これ以上は謝ることしか出来なかった。
話したこともなかった俺と水口。それなのに水口は泣くほど俺を好きでいてくれた。それについては感謝の気持ちでいっぱいだった。
ひたすら謝っていた俺が何も言わなくなる頃には、もう教室に生徒がやって来た。俺達の雰囲気を察したのか入って来るのを躊躇っているみたいだったので、俺は無理やり水口との話を終わらせた。
俺「じゃあ、俺は教室に戻るな」
それに対して水口は止めることもせず、うつむいて何も言わなかった。
俺と水口が付き合ったのは、たった一ヶ月半。
その間に俺から水口へしたメールはたったの一回。電話に関しては最初の告白の返事の時だけだった。
水口が納得してくれたのかは分からない。でも、水口は酷い振り方をした俺の悪口を誰にも言わないでいてくれた。
もしかしたら女子の間に噂が広まって色々言われるかもと思ったが、なぜ別れたのかくらいしか周りの奴に聞かれなかった。
それについては、本当に水口に感謝しているし良い子だったと言わざるを得ない。
水口と別れてから数日後。俺はちゃんと奈津に別れたことを報告したが、歩美には話していなかった。
言おうと思ってはいるが、思うだけで歩美が最近家に来ることがなかったのだ。兄貴に聞いたら別に喧嘩しているわけではなく、歩美の家に行くことが増えたらしい。
そんなある日。
10月に入ってすぐの日だった。5時間目を過ぎた辺りから突然雨が降り出した。
天気予報は大外れで、誰も傘を持っていないと思ったら、まさかの皆折り畳み傘を持っているらしい。
グラウンドが使えなくなったので部活は中止。仕方なく放課後俺は雨に濡れて帰ろうと諦めていた。
放課後になって強まった雨に萎えながら帰り支度をしていると、隠して持って来ている携帯に兄貴からメールが来ていた。
バレないようにエナメルの中でいじると、なぜか件名が歩美になっていた。
件名「歩美だよ!」
本文「健太から携帯借りてメールしました。雨降ってるけど傘ある?今日は健太の家にお邪魔するから、雨に濡れないように一緒に帰ろう。校門の前で待ってるね」
後で知った話だが、歩美は俺が避けていることに気づいていた。
雨なのに傘を持っていかなかった俺の話を兄貴から聞き、話をするチャンスだと思ったらしい。
急いで校門に向かうと、本当に歩美がいた。下駄箱から見えるが、強い雨で景色が霞んでいる。でも確かに、それは歩美だった。
校門まで向かうと濡れてしまうので、その時近くにいたクラスメートの奴に頼んで校門まで傘に入れてもらう。
俺「歩美!」
まだ距離があるにも関わらず、嬉しくて大きい声で歩美の名前を呼んでしまった。するとあっちも気づいて、すぐに駆け寄って来てくれた。
俺は友達にお礼をして、そのまま歩美の傘に入った。
俺「なんで来たんだよ。いや、でも本当に助かったありがとう」
歩美「大丈夫。涼太のことだから傘持ってってないと思ったんだ」
そう話している間にも、中2で身長が170超えをしている俺のために小さい歩美が腕を伸ばして傘にいれてくれていた。
俺「持つよ」
歩美「ごめん。ありがとう」
それは借りてきたという兄貴が使っている男用の大きな傘だったが、2人入るととても狭かった。こんな至近距離に歩美がいるのは、初めてだ。
心臓はバクバク鳴っているし、良い匂いがするし、肩が当たるし…俺はもう緊張で倒れてしまいそうだった。
俺「家でいいんだよな?」
歩美「うん。おじゃまします」
この時部屋の片付けするために先に自転車乗って雨に濡れながら帰ったらしい。
兄貴と歩美が通う高校の帰り道、たしかに俺の中学校前を通る。中学校から家までは大体歩いて15分ほどの距離だ。
15分もの時間をどう歩美と過ごせばいいのか、俺は頭がパンクしていた。それでも一つ絶対に言いたいことがあった。それは、水口と別れた報告だ。
しばらくは無言で歩いたが、少しすると歩美が先に口を開いた。
歩美「彼女と、うまくいってる?」
俺「えっ?」
歩美「涼太の誕生日(夏祭りの日)に付き合い出したんだよね?」
その話をするタイミングを見計らっていた俺としては、突然過ぎてなんて言えばいいのか分からずパニクってしまった。
でも、歩美が切り出してくれたおかげで話しやすくなった。
俺「別れたよ、俺。彼女と」
歩美「えっ?そうなの?」
俺「うん。別れた、だからもう彼女いない」
だからこれからは歩美だけを好きでいる。そう繋げてしまいたかった。まあ、そんなこと言えるだけの自信も勇気もなかったけど。
歩美「そっか、別れたんだね」
俺の言い方で、俺が彼女を振ったってのは多分伝わっていた。だからそれ以上は水口とのことを聞こうとはしてこなかった。
俺「そういう歩美は兄貴とどうなんだよ」
どうにか話題を変えようとして口をついて出たのは、まさかのそれだった。今1番聞きたくない話だ。
言ってからの後悔が尋常じゃなかった。