俺「はっ?何それ、なんでそう思った?」
水口「だって、奈津ちゃんと小学校一緒だったんでしょ。仲良かったって聞いたよ」
女の情報というものはどこから仕入れて来るのか分からないが、それについて俺は全力で否定した。
俺「確かに小学校一緒だし幼馴染みたいなものだけど、別にあいつとは付き合ってないよ」
水口 「そうなんだ」
納得していない様子の水口だが、これ以上説明してあげるだけの仲でもない。話したのも多分これが初めてだった。
水口に奈津が好きなのは俺の兄貴だよと言ったところでどうなるわけでもない。だからまた黙ることにした。しかし、それを水口は許さない。
水口「あのね、実は私涼太くんが好きだったんだ」
周りには同級生…しかもサッカー部の奴らがいるのに、構わず爆弾を投下するこいつの口を、俺は塞いでやりたくなった。
俺「冗談だよな?」
水口「冗談でこんなこと言うと思う?奈津ちゃんと涼太くんが仲いいって知って、ずっと焦ってたんだ」
俺と水口は一年の頃同じクラスになったわけでも、体育の授業が一緒なわけでもない。つまり、全く接点がなかった。
しかし、水口が俺を好きになった理由は簡単だった。吹奏楽部の練習する音楽室から、サッカー部の練習するグラウンドが見えるのだ。
彼女はそれを見て俺が気になり、廊下ですれ違ったりサッカー部の奴に会いに水口のクラスに遊びに行く俺を意識していた。
水口の存在は男子の話しを聞いて知っていたが、さすがに直ぐ返事をすることは出来なかった。
とりあえず夏祭りのその日は、水口と連絡先を交換して早めに帰宅することにした。サッカー部の奴らには色々言われたが、これ以上花火を見たりする気分にはならない。
だらだらと歩いて、夜の9時前には自宅に着いた。
どうせ親は明日も仕事だから寝室だろうと思い、黙って家に入る。しかしリビングには明かりが着いていて、玄関には歩美が履いて行ったであろう下駄が置いてあった。
意味が分からずに急いでリビングのドアを開ける。すると次の瞬間、大きな音が俺に向かって鳴った。
歩美・兄貴「誕生日おめでとう!」
大きな音がクラッカーだと理解するのに、充分な時間が必要だった。
何が起きたのか分からずに呆然とする俺に向かって、今度は歩美が「涼太、誕生日おめでとう!」と改めて言ってくれた。
期待せずにいじけていた自分が恥ずかしいくらい、本当に嬉しくて泣きそうだった。
俺「ありがとう…」
そう一言吐き出すので精一杯だった。少しでも気をゆるめたら泣いてしまう。見ないようにしていた歩美の浴衣姿が目の前にあって、しかも誕生日を祝うためだけにわざわざ早く帰って来てくれた。
それだけで俺には十分だった。
歩美「これ、誕生日プレゼントのスパイク。私と健太から。後はお祭りでお腹いっぱいだと思うけど、涼太のためにケーキ作りました!」
そう言われてテーブルに視線を移す。するとそこには、俺が好きなチョコレートケーキが置かれていた。
初めて会ったときに買って来てくれたケーキの中に、チョコレートケーキはなかった。代わりに入っていた兄貴の好きなモンブランに嫉妬したのを覚えている。
それが今回は、なぜか言っていないのに俺の好きなチョコレートケーキがあったのだ。もうダメだった。俺の涙腺は崩壊した。
俺「ありがとう、本当に嬉しい。ありがとう」
泣いてる顔を見られたくなくて慌てて目を擦る。でも、そんなもの意味がなくて涙は止まらない。恥ずかしくて仕方なかった。
兄貴「おい、泣くなよ。どんだけ嬉しいんだよ!」
俺「うるさい!疲れてるから情緒不安定なんだ!」
意味不明な言い訳をして、俺は歩美の作ったケーキを食べた。甘くて本当に美味しかった。
兄貴が食べさせろと言ったが、拒否してワンホール全部食べた。
夏祭りでお腹いっぱいだったから、次の日食べるためにラップにくるんでおいた。
そうやって三人でリビングにいると、歩美が突然思い出したように慌てて口を開いた。
歩美「涼太、告白されたでしょ!」
歩美が何を言ったのか、俺は意味がわからなかった。ついさっきの出来事なのに、なぜ歩美が知ってるのか情報が早すぎる。
俺「なんで知ってるの?」
流して知らないふりすればいいものを、俺はバカなので食いついてしまった。これが間違いだった。一気に現実に突き落とされたのだ。
歩美「あの時、私達も境内にいたんだけど…気づかなかった?」
暗い境内の中で唯一頼りになるのは花火と屋台の明かりだけ。俺は、広い境内に溜まるのが中学生だけじゃないことを忘れていた。
あの時少し離れた場所で高校生である兄貴たちも集まっていたのだ。
俺「気づかなかった」
歩美「そっか。ちゃんとは聞こえなかったけど雰囲気的に告白だねって見てたんだ」
俺「……」
歩美「どうするの?付き合うの?」
奈津を連れて来たときもそうだったが、歩美はさすが女子高生というか…恋愛への食いつきがめちゃくちゃ凄い。
この時も水口と俺が付き合うのかどうなのかをとても楽しそうに聞いて来た。
俺「付き合わない、かな」
歩美「なんで?可愛い子だったのに」
俺「なんでって、そんなの俺の勝手だろ」
楽しい雰囲気が、俺のきつい口調で一変する。
だが、そんな変化に気を使うなど歩美は俺の機嫌をとるようなことはしない。
歩美「ふーん。付き合えばいいのに」
まるで、独り言のような口ぶりだった。思ったことをただ口にしただけのなんの意味もない言葉。
でも、俺はその一言に反応してしまった。
俺が好きなのは今目の前にいる歩美で、その歩美に「付き合えばいいのに」って言われるこの情けない気持ちが分かるか?
兄貴と付き合う歩美には、一生分からないだろう。この情けなくて惨めな気持ちも、やるせない思いも。一方通行の好きはどうやったって届かない。
だから俺は、もうどうにでもなれと思った。もう、歩美を好きでいるのも小さなことに振り回されて一喜一憂するのにも疲れた。
俺「ああ、じゃあ付き合うよ」
言ってからの行動は早かった。兄貴が止めるのを無視して部屋に走って行くと、直ぐに携帯を取り出す。そしてそのまま登録したばかりの水口に電話をした。
部屋の電気もつけないで水口に電話をかけたが、三回コールしただけで直ぐに出た。
水口「もしもし!」
神社の境内では余裕ぶってたくせに、電話に出た水口の声は必死な感じだった。多分、こんなに早く電話が来ると思わなかったんだろう。
俺「俺だけど、分かる?」
水口「分かるよ…電話ありがとう」
俺「あのさ、さっきの返事だけど」
水口「…うん、言って」
俺「付き合おう」
言った瞬間、もう俺はこの先後戻りは出来ないと思った。
水口「本当にいいの?」
俺「ああ、よろしくな」
>>161
誰だろう。俺、あまり芸能人詳しくないんだよ。
歩美=ガッキー(髪長くて清楚なところが似てる)
奈津=橋本愛(気の強そうなところとあのつり目が似てる)
水口=目は似てないが口はトリドリルれいな?だっけ?って、モデルに似てる。
それから軽く話して、三分ほどの短い時間で電話を切った。
酷い後悔と絶望感で、涙が溢れた。ついさっきまで歩美に誕生日を祝ってもらった幸せで泣いていたのに、今は違う。
初めての告白も、初めての彼女も、叶うのなら歩美がよかった。それなのに現実は違うんだ。
俺は泣いた。投げやりになって起こした行動の重さに、心が押しつぶされそうだった。
好きの2文字さえ言えない俺は、いつになったら報われるのだろう。
もう、疲れた。歩美を嫌いになってしまいたい。でも、部屋に持ってきた誕生日プレゼントのスパイクを見ると、どうしても嫌いになれなかった。
再開する。
次の日の誕生日、俺は兄貴の誕生日と分かっていながら友達の家に泊まりに行った。理由は歩美に会いたくなかったから。
夏休みはそのまま歩美を避けるようにして毎日を過ごし、ほとんどサッカー部の奴らと一緒にいた。
この頃から俺は、家に頻繁に来る歩美に会わないようにしていたのだ。しかし、歩美はどんどん両親と仲良くなっていき、それもまた複雑だった。
そして夏休みが明け、俺は自分に彼女が出来たことを思い知らされた。
夏休みの間はメールでやりとりをしていたが、休み明けで直ぐに水口が教室にやってきたのだ。
水口「涼太くんいる?」
しかも俺がいるのを分かっていながら、たまたま教室の入り口に立っていた奈津にわざわざ聞いていた。
多分、水口は奈津をライバル視していたのだ。おしとやかだと思っていたが、実際は気が強いタイプらしい。
そんなこと知るはずもない奈津は「あそこにいるよー」なんてお気楽に答えていた。
水口「夏祭りぶりだね、涼太くん!元気だった?」
そう言って俺に笑顔を向ける水口。でも、この笑顔が見たいんじゃないと思ってしまった。それがバレないように、「うん」って単語で返したが素っ気なかった。
でもしょうがなかったんだ。メールでやりとりはしていたが、俺と水口は今まで一切話したことがない。距離感やどう接すればいいのかわからなかった。
正直、付き合うなら奈津の方がまだよかった。
昔から知っているし、女扱いする必要がない。冗談も言えるしくだらない話も出来る。しかし水口はそんなタイプじゃない。
水口「なんか、変な感じだね。メールしかしてなかったから。これからはいっぱい話そう」
俺「そうだな」
元々愛想が悪く、口数が多くない俺。これは父親に似てしまった。対してよく喋るのが母親に似た兄貴だ。
水口からしたら、どんどん俺を知るたびに理想と現実に戸惑うだろう。付き合わない方がよかったのかもしれない。
集会があるから整列のために自分のクラスに戻った水口だったが、この後が大変だった。
その時クラスにいた男子が、全員俺の周りに集まってきたのだ。奴らが聞きたいことは一つ。今の水口と俺のやりとりについてだ。
友達「付き合ってるのか?」
俺「うん、まあ…」
ハッキリ答えられなかったのは、頭の中にやっぱり歩美がいたから。それに、好きじゃないのに付き合った罪悪感からきちんと言えないでいた。
それからというもの、水口は事あるごとに俺のクラスに遊びに来た。ただ会いに来るときもあれば、教科書を借りに来ることもあった。
そのたびに俺はきちんと話したし教科書も貸した。でも、そんな光景を見て違和感を感じていた奴がいた。奈津だ。
水口と付き合ってちょうど一ヶ月経った頃、俺は珍しく奈津に呼び出しをされた。というか、メールで放課後公園に呼ばれた。
学校だと水口が見てるかも知れないので、しょうがなく安全な放課後の公園で会うことにしたのだ。
部活が終わって急いで行くと、すでに奈津は一度家に帰って私服に着替えてから、ブランコを漕いで待っていた。
遅れたことを謝ると、ジュース奢れとか言うからしょうがなく自販機のファンタ奢ってやった。
しばらくブランコに2人で乗っていたが、無言で1人はファンタ飲んでるし、もう1人はジャージでブランコ本気の立ち漕ぎしてるしで遠くから見たら凄いシュールだったと思う。
ようやく俺がブランコに飽きて(酔って)落ち着いて座ると、奈津は単刀直入に切り出した。
奈津「水口さんに、涼太くんが好きなの?って聞かれたんだけど」
奈津が言うにはこうだ。どうやら奈津はクラスによく来る水口が気になって見ていた。それは奈津本人も水口を見ていたと認めている。しかし、水口は俺を好きだから見ていると勘違いしたのだ。
俺「笑えない冗談だな」
奈津「自分の彼女でしょ!正直に話すけど、水口さんクラスであまり女子に良い印象持たれてないよ。涼太にべったりだし、人のクラスに来るなって言われてる」
この事は、俺もサッカー部の奴に言われて知っていた。水口は男子受けはよくても女子受けの悪い典型的なタイプだった。
奈津「涼太の恋愛にあまり口出しする気はないけど、ハッキリ言うと迷惑。私、結構涼太のことで水口さんに嫌味言われてんの」
俺「えっ?なにそれ。なんで言わなかったんだよ」
奈津「だって女子同士のいざこざ男子に話したくないし。でも限界。私を巻き込まないでくれるかな。涼太のこと好きじゃないし、取るわけないじゃん」
幼稚園から一緒だが、奈津が女子の愚痴をこぼすのを聞いたのはこれが初めてだった。それくらい奈津はサバサバした良い性格をしている。
水口が奈津に対してよっぽど酷い嫌がらせをしたのだろうと、直ぐに分かった。それに、俺は奈津が誰を好きか知っている。だから、余計に罪悪感が生まれた。
俺「ごめんな」
奈津「別に怒ってないよ。涼太が悪いわけじゃないし。ただ、一つ言わせて欲しいんだけど、涼太水口さんを好きじゃないよね?」
俺「えっ?」
奈津「私が今日呼び出したのはそれをきちんと聞きたかったから。涼太、私の勘が違ったらごめん。もしかして、健太くんの彼女が好き?」