22:1 ◆od.mCbJyhw: 2016/12/31(土) 22:32:55.32 ID:oVMLduBOo.net
ヒロコと二人で、寺の入口通りを歩いた。
道の両側を埋め尽くすように出店が立ち並び、
慌ただしく人々が往来していた。
俺「そうだ、下駄履かなくていいの?」
ヒロコ「あ、そうだったね」
ヒロコはその場で袋から下駄を取り出し、履き替えた。
その際、背負っていた重そうなギターは俺が引き受けた。
23:1 ◆od.mCbJyhw: 2016/12/31(土) 22:42:52.99 ID:oVMLduBOo.net
「下駄なんて初めて履く!」と興奮しながら、
ヒロコは俺の数歩先を元気よく歩いて行く。
その度にカランカラン、と小気味良い音が響き、
一歩、また一歩と夏の終わりに近づいていくような気がした。
「へいお兄ちゃん、見てってね!」
焼きとうもろこし屋のおっちゃんに、声をかけられた。
24:1 ◆od.mCbJyhw: 2016/12/31(土) 22:43:46.72 ID:oVMLduBOo.net
醤油を焼いた、食欲をそそる香りが伝わってきた。
食べたい。正直腹が減った。
ヒロコも並べてあるとうもろこしを見て、「うまそ……」と声を漏らした。
その様子に笑って、「買う?ww」と聞くとヒロコは何度も頷いた。
でもすぐに、「我慢する。悪いし……」なんて言うもんだから、
「食べたいなら我慢すんな」と、ヒロコの分も一緒に買ってあげた。
25:1 ◆od.mCbJyhw: 2016/12/31(土) 22:45:23.16 ID:oVMLduBOo.net
二人して焼きとうもろこしにかじりつくと、
醤油の香ばしさともろこしの甘さが口の中に広がって、
「うまーー!!」と自然に声が出てしまった。
それがおかしくて俺もヒロコも笑いが止まらなかった。
ヒロコ「これがお祭りの味! すご!!」
ヒロコのリアクションは本当にオーバーで、
それが本当に可愛いと思ってしまった。
26:1 ◆od.mCbJyhw: 2016/12/31(土) 23:01:52.04 ID:oVMLduBOo.net
ヒロコは焼きとうもろこしも食べ終わらないうちに歩きだして、
「ねえねえあっちも!」と俺を急かした。
ついて行った先の出店には小さな子どもが群がっていた。
ヒロコ「ねえねえ、わたあめだよ!」
ヒロコは興奮した様子で、わたあめを作る機械を食い入るように見つめていた。
俺は「はいはい」と笑いながら、わたあめを二つ買った。
27:1 ◆od.mCbJyhw: 2016/12/31(土) 23:02:27.99 ID:oVMLduBOo.net
わたあめ屋のオヤジが気さくな人で、
「浴衣似合ってるじゃん」なんて調子良く言ってきて、
ヒロコは照れながらも「どうも」と嬉しそうだった。
ヒロコ「わ、なんか今あたしやばいかも」
両手にとうもろこしとわたあめを持って、にやつく。
俺「なんか、めっちゃはしゃいでる人みたいだww」
28:1 ◆od.mCbJyhw: 2016/12/31(土) 23:04:49.43 ID:oVMLduBOo.net
ヒロコ「ま、はしゃいでるけどね」
ヒロコはうっとりと両手のもろこしとわたあめを見つめたあと、
俺の方を見て意味もなくにこりと笑った。
その笑顔が、俺の心臓を叩いた気がした。
ヒロコが楽しんでいることが嬉しくて、
でもこの気持ちは、きっとそれだけじゃないんだろうなと思った。
29:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします: 2016/12/31(土) 23:06:53.08 ID:gS0O9RraO.net
夏祭り、いいなぁ…
すごく夏に戻りたくなってきた。
30:1 ◆od.mCbJyhw: 2016/12/31(土) 23:10:27.79 ID:oVMLduBOo.net
吉谷のために焼きそばを買って、広場に向かって二人で歩いていると、ヒロコが話し始めた。
ヒロコ「あたしね、お祭りって嫌いだったの」
俺「どうして?」
ヒロコは一口とうもろこしに噛み付いたあと、続ける。
ヒロコ「だって、みんなすごく楽しそうだから」
ヒロコ「そういうのって、なんて言うんだろう……すごく嫌いだった」
31:1 ◆od.mCbJyhw: 2016/12/31(土) 23:11:26.23 ID:oVMLduBOo.net
ヒロコ「変だよね。……ごめん」
しばらく考えて、優しく答えた。
俺「ううん、なんか分かる気がする。謝ることないよ」
ヒロコ「そう言ってくれると思ったけど」
ヒロコの表情に笑顔が戻った。
ヒロコ「でもね、今日はすっごい楽しい。だからね、お祭り好きになったかも」
俺「おお! それなら良かった」
32:1 ◆od.mCbJyhw: 2016/12/31(土) 23:12:48.65 ID:oVMLduBOo.net
しばらくして広場にたどり着くと、
ヒロコは「焼きそば!」と声をあげ吉谷のもとへ走っていった。
広場には、先ほどより随分人が集まってきていた。
「夏祭りフェス」の始まりが迫っていたのだ。
このお祭りのステージでは、バンドや楽器だけではなく、
ダンスや漫才、歌など、舞台上で出来ることならばなんでもOKだった。
その物珍しさに、地元の人がそれなりに集まってきているようだった。
33:1 ◆od.mCbJyhw: 2016/12/31(土) 23:13:25.48 ID:oVMLduBOo.net
広場のベンチに腰掛け、三人で駄弁って物を食べていると、
「夏祭りフェス」が始まった。
「みなさん、今年も始まりました!」
意気揚々と司会のお兄さんが口火を切り、広場内に拍手が巻き起こった。
ステージ上で歌を歌う女子高生や、ダンスを踊る大学生、
おじさんだらけのバンドなど、色んな人が思い思いのパフォーマンスをする。
34:1 ◆od.mCbJyhw: 2016/12/31(土) 23:23:37.21 ID:oVMLduBOo.net
しばらくすると、勉強を終えてバスでこちらに来たクラスメイトたちが、
続々と広場内に姿を現した。
武智と元気が寄ってきて、「かなり盛り上がってるじゃねえか!」と話しかけてきた。
委員長と渚も近づいてきて、ヒロコの浴衣の乱れを直していた。
それだけではない、クラスの半数以上の人が見に来てくれているようだった。
ステージ上の人が目まぐるしく入れ替わっていき、どんどん俺たちの出番が迫ってくる。
35:1 ◆od.mCbJyhw: 2016/12/31(土) 23:24:23.22 ID:oVMLduBOo.net
武智「あとどれくらいでお前たちの出番?」
吉谷がプログラムらしき紙を見て、「次の次……だな」と言った。
それを聞いて、緊張がピークに達した。
胸の鼓動は破裂しそうなほどに音を立て、手が小刻みに震える。
それは俺だけではないようで、ステージを見つめる吉谷の表情も強張っていた。
でも、ヒロコだけは違った。
36:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします: 2016/12/31(土) 23:26:25.46 ID:7K2vpj9to.net
追いついたけどなかなか読ませるね
遠い遠い夏の世界を垣間見てる気分
37:1 ◆od.mCbJyhw: 2016/12/31(土) 23:28:11.38 ID:oVMLduBOo.net
ヒロコ「ね、いい感じ?」
立ち上がって、両手を広げて浴衣を見せてきた。
近くにいた渚が「可愛いよ」と言った。
ヒロコは満足そうに「ありがとう」とお礼を言うと、
「二人とも、なに緊張してんの」とはつらつとした態度で笑みを浮かべた。
ヒロコ「あたし、今すごく嬉しい」
38:1 ◆od.mCbJyhw: 2016/12/31(土) 23:46:06.14 ID:oVMLduBOo.net
ヒロコ「だって、こんな素敵なステージでライブができるんだもん」
ヒロコ「ずっとずっと思ってた夢だから、嬉しい」
ヒロコ「だからさ、今日は三人で、夢を叶えよう」
ヒロコはそう言うと、少しもったいぶるように笑顔を見せた。
吉谷「よーーっしゃあああ!!」
突然吉谷が大声を出した。
39:1 ◆od.mCbJyhw: 2016/12/31(土) 23:50:10.61 ID:oVMLduBOo.net
委員長「うわ、どうしたの」
武智「気合が入ったかwwww」
吉谷がここまで感情を表に出すのは珍しいので、周りにいた人も驚いた。
吉谷「そうだよな! 思いっきりやって、夢を叶えよう!」
どうやら、吉谷は吹っ切れたようだ。
俺も真似して、「うおおおおお!!」と叫んだ。
するとヒロコも、「わああああああ!」と続けて叫んだ。
40:1 ◆od.mCbJyhw: 2017/01/01(日) 00:07:47.04 ID:GsaCylkfo.net
元気「気合入ったねぇww」
武智「なんだか青春って感じだな」
大声で叫んだら気持ちのモヤモヤが吹っ飛んで、少し落ち着いた。
その直後、運営テントから「THE SUMMER HEARTSの皆さん来てください~」と集合がかかった。
クラスメイトたちが、「頑張ってね!」「盛り上げるからなー」と手を振って見送ってくれた。
41:1 ◆od.mCbJyhw: 2017/01/01(日) 00:12:44.16 ID:GsaCylkfo.net
スタッフ「それでは、今ステージに上がっている人たちが終わったら、皆さんの出番ですので」
ドクン、ドクン、と鼓動の音が何度も響いた。
来る。もうすぐ出番が来る。
吉谷「大丈夫。土台は俺が固める。二人は好きにやれ」
吉谷は笑顔混じりで言った。
俺とヒロコは黙って頷いた。
42:1 ◆od.mCbJyhw: 2017/01/01(日) 00:13:53.71 ID:GsaCylkfo.net
前の人たちの出番が終わり、司会の男性が、俺たちの名を呼んだ。
「それでは次は…バンドですね!『THE SUMMER HEARTS』の皆さんです!」
ステージに上がる直前、ヒロコが俺の肩を叩いた。
ヒロコ「一緒に歌おうね」
ヒロコ「終わらない歌」
43:1 ◆od.mCbJyhw: 2017/01/01(日) 00:15:53.37 ID:GsaCylkfo.net
ステージに上がると、ヒロコと吉谷は楽器のセッティングを始めた。
俺も、二本用意されたマイクの確認を行う。
ステージ上から広場を見下ろすと、思っていた以上に多くの観客がいることに気付いた。
何人もの人の目が、自分たちに向けられていることが不思議だった。
目の前には、クラスメイトが何人も陣取っていた。
何やら歓声を送ってくれていた気がするが、それも定かではない。
44:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします: 2017/01/01(日) 00:16:19.46 ID:o5nUPK2qO.net
どきどき
45:1 ◆od.mCbJyhw: 2017/01/01(日) 00:33:27.53 ID:GsaCylkfo.net
楽器やマイクの調整が終わり、三人で顔を見合わせた。
「1、2、1、2、3!」
吉谷の合図とともに、演奏が始まった。
ジャジャ! ジャジャ! ジャージャージャーン!
「終わらない歌を歌おう! クソッタレの世界のため!」
出だしがガツンと噛み合って、俺は思い切り声を絞り出した。
46:1 ◆od.mCbJyhw: 2017/01/01(日) 00:35:56.22 ID:GsaCylkfo.net
「世の中に冷たくされて 一人ボッチで泣いた夜」
「「もうだめだと思うことは 今まで何度でもあった!」」
声が重なった気がして、瞬間的にヒロコの方を見た。
すると、ヒロコもマイクに向かって声を出していた!
「「ホントの瞬間はいつも 死ぬ程怖いものだから」」
「「逃げだしたくなったことは 今まで何度でもあった!」」
俺とヒロコの声が二重になって、広場に響き渡った。
47:1 ◆od.mCbJyhw: 2017/01/01(日) 00:37:00.09 ID:GsaCylkfo.net
「「終わらない歌を歌おう 僕や君や彼等のため」」
「「終わらない歌を歌おう 明日には笑えるように」」
俺たち三人の演奏はあっという間に終わった。
目立った失敗はなく、大成功だった。
でもそれは、演奏というよりは「終わらない歌」という歌に合わせて、
それぞれの「想い」とか「迷い」とかをぶつけたような気がした。
48:1 ◆od.mCbJyhw: 2017/01/01(日) 00:40:46.51 ID:GsaCylkfo.net
ヒロコと二人で歌った瞬間、俺はそんなことを思った。
ヒロコがあの一節を一緒に歌ったのも、きっとそういうことなんだ。
ステージから降りると、クラスメイトが集まってきて、
「良い演奏だったなぁー!」と俺たちを囃し立てた。
演奏に全てを出し切った俺たちは、それに対応する気力も残っていなかった。
ただただ、「ありがとう」と返すしかなかった。
49:1 ◆od.mCbJyhw: 2017/01/01(日) 00:41:37.12 ID:GsaCylkfo.net
ステージでのライブを終えたヒロコは、いたって落ち着いた様子だった。
もっともっとはしゃいで喜びまわるかと思ったが、そうでもないようだった。
俺「ヒロコ、楽しかった?」
吉谷「演奏、完璧だったよ。本当にすげえ」
俺と吉谷が、ヒロコを労うように言葉をかけた。
ヒロコ「あたし、二人のこと大好き」
俺「え?」
あまりに予想外の返答に、どう反応したらいいか分からなかった。
50:1 ◆od.mCbJyhw: 2017/01/01(日) 00:46:23.15 ID:GsaCylkfo.net
ヒロコ「大好きな人たちと一緒にバンド組めて、そんでこんないい場所でライブできて」
ヒロコ「こんなにいっぺんに夢がかなって……」
ヒロコ「あたし、どうしたらいいか分かんない」
ヒロコはそう言い終えると、ぼろぼろと涙をこぼし、
「うえええん」と声をあげて泣き始めてしまった。
51:1 ◆od.mCbJyhw: 2017/01/01(日) 00:50:34.82 ID:GsaCylkfo.net
ヒロコ「ごめんね、こんなこと初めてだから」
ヒロコ「夢って、かなうんだって思って。それが信じられなくて、嬉しくて」
ヒロコ「ありがとう……」
ヒロコは鼻をすすり、涙目で俺たちを見た。
吉谷「まあ、そんな大した協力もできなかったけどさ…とりあえず、楽しかったよな?」
吉谷はそう言うと、俺を見た。