身支度をして「お世話になりました」
そう言って俺は彼女の家を出た。
彼女の母親は「ありがとう」と言い
これ持っていってとお弁当を渡してくれた。
目には涙が浮かんでいた。
俺はお弁当を受け取ると電車で揺られ後輩と待ち合わせた駅に向かった。
そういえば、とメールの受信ボックスを確認したけれど
後輩からのメールも着信も来ていなかった。
空に浮かぶ入道雲が水族館で見たジンベイザメのようで
空を見上げて待っていた。
すると「ジンベイザメみたいですよね」
そこには空を見上げる後輩がいた。
俺がビックリしたような顔をすると
「同じこと考えてましたか?」と後輩は笑った。
「来ないかと思った」そう俺が言うと
「私も行かないつもりでいました」と再び空を見上げた。
他にも言わなければならないことは沢山あった。
あの日のことを謝らなければなからなかった。
けれどそれはあとで話そうと思った。
俺達は電車に乗りさらにある場所に向かった。
なにも言わなくても後輩は俺に付いてきてくれた。
少し歩くと懐かしい場所が見えてきた。
「ここ、俺の通ってた中学校なんだよ」
「へぇ~!」なんてことない俺のセリフに後輩は気持ちのいい相づちを打ってくれた。
「ま、1ヶ月だけなんだけどねっ」俺は続けた。
結局1時間くらい後輩を歩かせることになった。
それなのに何も言わず後輩はただ付いてきてくれた。
目的の場所につくととても懐かしく感じた。
数年ぶりだった。俺の育った村に帰ってきた。
なにも変わっていなかった。
後輩は「良いところですね」と言ってくれた。
それから俺は後輩の二三歩前を歩き村を回った。
村の人たちは俺のことなんて覚えていないだろうと思っていたけれど何人かは覚えていてくれた。
俺達に畑での作業を手伝わせてくれた。
いや手伝わされたのかもしれない。
後輩は凄く前向きだった、初めてやったと喜んだ。
手伝ってくれたお礼にと冷やしたきゅうりをくれた。
2人でかじりながらまた村の中を歩いた。
目を閉じて貰って手を引いた。
「開けていいよ!どう!」と言うと後輩は目を開けた。
俺達の目の前には向日葵畑が広がっていた。
「うわぁぁぁぁ!」後輩は凄く嬉しそうにこちらを見た。
「どう?凄いっしょ!」と俺が自慢げに言うと
「ジンベイザメ以上!」と後輩は目を輝かせた。
俺は橋から足を下ろし腰をかけると後輩も同じようにした。
そう言うと俺はこの村でのことを話した。
それを後輩は彼女の母親と同じように聞いてくれた。時には涙も流してくれた。
彼女と初めてあった日のこと、彼女とこの向日葵畑を見たこと、彼女と毎日のように遊んでいたこと、彼女が好きだったこと…
そして昨日彼女に会いに行ったこと。
後輩は「会えましたか?」と聞いた。
俺は「そうだなぁ、まだ会えてないかな」と答えた。
だいぶ話し込んだんだろう、その頃には当たりは真っ暗だった。
「今日来たかったのには理由があるんだ」俺がそういうと
ヒュ~という高い音と共に花火が夜空に上がっていった。
俺に何度も言っていた。俺も自然と涙が溢れた。
数分間後輩と花火を眺めた。
お互いの気持ちはお互いにわかっていた。
もう言葉なんていらなかった。
俺と後輩はキスをした。
花火が大きな音をたてているのだろうけれど
俺達は別世界にいるように時間がゆっくりと流れ、そして静かだった。
唇が離れるとお互いに顔が赤くなっていた。
お互いに顔を見ることができなかった。
後輩は「会ってきてください」そう言ってくれた。
俺は立ち上がり、村の端まで1人で歩いた。
彼女からの手紙、何年間も読むことができなかった手紙。
あの時の彼女の気持ちを受け止めようと思った。
俺君へ
俺君がこの手紙を読んでいる頃には私はもう村にはいません。
お引越しをすることになりました。都会の方です。
だから俺君には最後にお手紙を書こうと思いました。
俺君と初めて会ったのは小学3年生の頃でしたね。
あの時私に探検に行きませんか!?と言ってくれたこと凄く覚えています。凄く嬉しかったです。
村の端まで歩いて沢山話しましたね。初めて話したのにそんな感じがしなくてそれから毎日がとても楽しかったです。
俺君とは沢山の思い出ができました。
向日葵畑を見に行ったこと、凄く感動しました。
かくれんぼをしたこと。2人で中学校まで登下校したこと。
その中でも1番は花火を一緒に見たことです。
結局、3年生の時以来一緒に見られませんでしたね。残念。
でも俺君とは小学校のみんなと見た花火は一生忘れません。
私は俺君に迷惑をかけてたことがありましたね。
私が体力がなくてなにをするにもすぐ疲れていました。
その度俺君は「体力ないなぁ~」と言いながら
私を気遣ってくれました。優しくしてくれてありがとう。
実は私、病気だったみたいです。重い病気で体力がなくて
今回都会の大きな病院に入院することになりました。
こんなこと言ったら俺君に嫌われると思って言えませんでした。
本当にごめんなさい。でも俺君との思い出があるから
俺君が居てくれたから私はがんばれます。
だから俺君も頑張って!
俺君、今まで本当にありがとう。
今までなかなか言えなかったけれど私は俺くんのことが大好きです。
来年は絶対2人で一緒に花火大会に行こうね!
中学1年生のままで幼く感じた。
手紙を読み終えると涙が溢れていた。
ふと思い出し彼女の母親に渡された弁当を開けると
その中にはやっぱり手紙が入っていた。