何はともあれ坂倉が来ると知り
菓子やらジュ~スを用意して出迎える。
時間になって坂倉が来ると
「待ってたわよ~!」とうちの母ちゃんは
坂倉に抱きつき「か!勘弁してください!」と
顔を真っ赤にして坂倉はじたばたしていた。
その後、母ちゃんを交え3人で話してたんだが
やっぱり母ちゃんがいると坂倉としゃべりづらい。
「もういいだろ!出てってくれよ!」と再三説得し
1時間かけてやっと俺の部屋から出て行った母ちゃん。
「悪かったな。しゃべりづらかっただろ?」
「たしかにしゃべりづらかったな。
でもいい母ちゃんじゃん」
「そうなのよ。私はいい母親なの♪」
母ちゃん、屋根をつたって二階の俺の部屋の窓に張り付いてた・・・
今度は窓にカーテンを絞め
完全防備状態にして俺と坂倉はタバコに火をつけた。
なんとなく悪ぶっていた俺達は
タバコを普通に吸うようになっていた。
「こら!ガキャ~!てめえらタバコ吸ってんじゃねえ!
ここ開けろコラァ~!!」
母ちゃんはカーテンを絞められて
帰ったふりをしつつも
その窓の下に伏せて盗み聞きを続行していた・・・
しつこいよ母ちゃん・・・・
「わ・・悪かったよ。今、開けるよ!」
ガラガラガラ・・・・
「てめえ!1!いつも言ってんだろ!
タバコ吸うなら私の前で吸えって!
隠れて吸って火事とか起こしたらどうすんだ!
吸いたきゃ私の前で堂々と吸え!」
うちの母ちゃんは高校時代は
それはもう漫画に出てきそうなクソヤンキーで
覚せい剤以外は全て経験していた。
高校時代の写真を見せてもらったが
トータルテンボスのアフロにもう一発サンダーを
かましたようなバカでかい頭に
真っ赤な口紅をひき、ロンスカにぺっちゃんこのカバンを抱え
「押忍」と書かれたマフラーを装着していたほどだ。
そんな母ちゃんだから俺がタバコを吸おうと
酒を飲もうと文句は一切言わなかった。
ただただ言われたのは「私の前でやれ」
陰でこそこそ悪さをすると
焦ってロクな結果にならないってのが
母ちゃんの持論で
例えば隠れてタバコ吸ってる→見つかりそうになり
焦ってどっかに投げ捨てる→火事を起こす」となったら
取り返しがつかないと。
だからいつも「何かするなら私の前でやれ」が口癖だった。
今、思うとホント変わった母ちゃんだったな・・・
そんなこんなで坂倉が帰った後に
母ちゃんと坂倉の事をしゃべっていたが
母ちゃんが変な事を言い出した。
「あの子、イイ子だと思うよ。だけど
なんていうのかな・・・
凄い私の顔色をうかがってたわね」
「そりゃそうだろ。窓から急に怒鳴りつけて
タバコ吸うなら私の前で吸え!って言われたら
顔色も伺いたくなるって。」
「そうじゃなくて・・・う~ん・・・
とにかくなんか凄い怖がってたように見えた。
ま、勘違いならいいんだけどね~」
母ちゃんの言ってた事はこの後的中してたことを知らされる・・・
時はもう少し進み6月。
6月には6年生で最大と言ってもいいイベントの
修学旅行が控えていた。
当時特に好きな子がいたわけでもないが
「もしかしたら告白されるんじゃねえか?」とか
バカな脳内シュミレーションを繰り返し
前日はなかなか寝付けずにいた。
そして修学旅行当日。
バスに揺られ、俺達は旅館に着く。
そして旅館に着くなり
いきなりハイキングに行くと教師達が言い出す。
坂倉「どうする?めんどくせえしバっくれる?」
俺「いや、無理だろ~。絶対点呼取るし。
めんどくせえけど行こうぜ~。」
女子1・2・3「坂倉君~!」
坂倉「ん?なんか用?」
女子1「ねぇ?一緒にハイキング歩いて行っていい?」
坂倉「はぁ?やだよ。俺は1と行くし。」
女子2「え~、じゃあ1も一緒でいいからさ~。」
俺「おいおいてめえら、なんで俺がオマケみたいになってんだよ?」
女子3「だって、1ってさ。スポーツできるしおもしろいし
悪くはないんだけど・・・顔がね~・・・」
女子1「ちょっと!マジ言いすぎだよ~!ぎゃはははは!」
女子2「みんなが思ってたこと言っちゃう?」
女子3「だって。惜しいんだもん。顔さえ良ければ
坂倉君並みなのに。顔がイケてなさすぎ!」
ただしイケメンに限る!という現実は
小学校時代から確実に存在していたのだ。
俺はこの事件で深く心に傷を負った・・・
俺は死ぬほど悔しかった。
そりゃ俺だってもっとかっこよく生まれたかったし
何も好き好んでナマズみたいな顔に生まれてない。
運動も喧嘩も俺の方がちょっとだが坂倉より上。
だが顔面レベルは 坂倉>>>>>>>>>>>>俺=ナマズ
ぐらいの差があり、女子人気は圧倒的に坂倉が勝っていた。
俺は思った。
こ の バ カ 女 達 の 邪 魔 し て や る
ハイキングが始まり、このクソビッチ3人組は
いろいろと坂倉に質問を始める。
クソ女1「ねぇ?休みの日、坂倉君は何してんの?」
俺「呼吸してんだよ。当たり前だろボケが。」
クソバカ女2「ねえねえ?好きな女の子のタイプは?」
俺「パンツにうんこつけない女だよな。だからお前らは無理だって。」
ビチグソメス3「彼女とかつくらないの~?」
俺「俺が坂倉ならお前らからは選ばねえよ。」
物凄い低いレベルのガヤだが
当時は小学6年。これで精いっぱいだった・・・・
糞×3「超うざいんだけど!1には聞いてないし!
少し黙ってくれる?」
俺「文句あんならてめえらが消えろよ。
俺は坂倉とハイキングするって決めてたんだよ!な?」
坂倉「あ・・ああ・・。ま、1と約束してたし
文句あるならおまえらがどっか行ってくれ。悪いな」
屁×3「マジで言ってんの?ひどい~!
でも・・かっこいいから許しちゃう~♪」
坂倉は本当にいいやつだし大好きだけど
10年以内に殺すリストに入れることにした。
そんなこんなで俺は嫉みパワー全開で
糞どもの邪魔をし続け、結果的には
ただでさえ薄かった人気をさらに堕落させるに飽き足らず
「坂倉君を奪い取る会」なるものが女たちの間に誕生し
同時に「1討伐隊」も編成され
あろうことか、クラスで不動の2トップと呼ばれ
片方は女ながら鼻糞ばかり食い続ける死神顔の女と
いつもバッタと会話し「飛びたいんだよね。飛びたいんだよね」と
囁き続けるヤク中のような女を刺客として送り込まれ
逃げ惑ううちに坂倉とはぐれるという事件も起きた。
ちなみに死神もヤク中も特に坂倉は好きではなかったらしいが
「頼まれたから」という理由で俺を暗殺しにきたらしい。
女の団結力はこれから恐ろしい・・・
そんなこんなで修学旅行の時間が進み夜になると
坂倉の様子が少しおかしくなってきた・・・
飯を食い終わったあたりから
なんか焦ってるような落ち着かないような素振りを見せている。
坂倉「・・・・あのさ・・・1」
俺「ん?どした?」
坂倉「俺さ、調子悪いから風呂やめておくわ・・」
俺「え?マジで?どした?大丈夫か?」
坂倉「う~ん・・ダメかも・・・
とりあえず先生のとこ行って寝てくるわ」
と、告げると部屋から出ていき
先生の所へと坂倉は向かっていった。
俺は心配しつつも風呂に入り
帰ってきて30分ぐらいしたら
坂倉は元気な顔をして部屋に戻ってきた。
俺「大丈夫か?」
坂倉「ああ!大丈夫だ。バファリン飲んだら速攻で良くなったわ。
やっぱすげえなバファリンは!」
さっきとはうってかわって急に元気になった坂倉を見て
安心し、一緒に遊び夜が更けていく・・・・
俺と坂倉はずっと起きていた。周りはみんな寝静まった深夜2時・・・
バッグに隠してきたタバコをすっと取り出す坂倉。
俺「おまえ・・・しっかり持ってきてたんか!やるじゃん!」
坂倉「へへへ・・・まあ一服しようぜ。」
窓を開けると温かい空気が入ってきた。
時期は梅雨だがこの日は空に満月が輝いていた。
満月の遥か下で少年二人が灯をあげ
小さく赤い満月二つを作り、煙をあげる。
タバコが美味いと思っていたわけじゃない。
でもどこか大人に近づきたくて早く大人になりたくて
タバコに手を出していた少年二人が
少し大人の階段をまたのぼる・・・
坂倉「・・・なぁ・・・早く大人になりてえよな・・」
俺「ああ。そうだな~。堂々とタバコ吸いてえな~。」
坂倉「そうじゃなくてさ。早く働いてさ。自分で金稼いで
一人で生きていけるようになりたい・・って思うんだ。」
正直俺には何を言っているのかわからなかった。
俺はただただ大人に憧れていただけで
一人で金稼いで生きていきたいと思ったことはないし
そんなことより夜遅くまで堂々と遊びたい!とか
バイクに乗ってみたい!とかそんな浅い大人像しか頭にはなかった。
俺「俺はそんなこと考えたことねえな。お前大人だな~。」
坂倉「子供だよ。子供だから・・・悔しいんだよ・・」
いつしか小さく赤く輝いてた満月は
一つだけが呼吸に合わせ時に強い輝きを放ち
もう片方は消えそうな光を必死にとどめていた。
坂倉「俺さ・・・俺の親さ・・・
親父の方が血が繋がってないんだよ。」
俺は坂倉の家族の事はほとんど知らなかった。
聞いても何も教えてくれないし
家にも呼んでくれない。
まああんまり言いたくないんだろうな~くらいにしか
思っていなかった。
俺「そ・・そうなのか・・・」
坂倉「俺の親父と母ちゃんさ。俺が小さい時に離婚してさ。
んで母ちゃん、2年前に新しい親父を連れてきたんだ。
こいつさ・・・ロクでもねえ奴でさ・・・
母ちゃんばっかに働かせて、自分は働かねえんだ。
普通男が働いて女が料理したり洗濯したりするだろ?
俺からするとそれがおかしくてさ・・・
あるとき言ったんだよ。その親父に「仕事しねえの?」って。」
俺「・・・・・・・・・・・・・」
坂倉「そんとき、俺は胸倉つかまれて「誰に物言ってんだ!クソガキ!」って
おもいっきりぶん殴られた。鼻血が出て、尋常じゃねえ痛さで泣いた。
泣いてるのにまだ殴りかかってくるんだ・・・
あんまり殴られるとさ。目の前が白黒になるんだよ。知ってるか?」
俺はそんな経験はない・・・・
なんて言葉を返したらいいのか戸惑った・・・
戸惑いを隠せない俺を見ながら坂倉はまだ話を続けた
坂倉「俺が殴られて、泣いて、また殴られてを30分ぐらい繰り返したのかな・・
最後意識がなくなったからわかんないけど・・・
で、意識が戻ったら母ちゃんがいたんだ。
俺は泣きたかった。母ちゃんに助けてほしかった。
ちょっと聞いただけでこんな目にあわす親父に怒って欲しかった。
母ちゃんは俺に言った。
「こ の バ カ!あ の 人 に 謝 れ !」
もう俺は坂倉が何を言っていたのかわからなかった。
ただ、あまりにも自分の理解できる範疇を超えた話を聞くと
体が震えて声がでなくなることをこのとき初めて知った。
坂倉「俺はその日、親父に無理やり土下座させられた。
母ちゃんも土下座してた。
親父は「ガキの躾はしっかりするって言ったんだろうが!
んな生意気なバカガキならどっかに捨てて来い!と叫んでた。
母ちゃんは「ごめんなさい。きちんと躾けるから許して」と
泣いて謝っていた。
俺はもう体に力が入らなくて、何が起こってるのかわからない・・
ただただ謝らさせられて、やっと許しが出て
鏡を見たら、俺の右目が完全にふさがるほど腫れて
口から血を流しててびっくりした。
それを見て俺は余計に怖くなった。
暴力を振るわれたことじゃない。
自分の息子がこんなひどいけがをしてるのに
土 下 座 さ せ る 事 を 優 先 さ せ た 事 に !」
俺は・・どうすれば・・いいんだろう?
こいつを・・どうしてやればいいんだろう?
タバコを吸って大人ぶって
喧嘩が強いから俺は頼りになる男だ!なんて自分に酔っていた。
それが何の役にも立たないこと。
自分が子供だということに気がつかされた。
話を聞いてるだけで足が震え
うまく酸素を体内に運べなくなりそうになった。
恐怖で浅く早い呼吸になるのを感じ
もうやめてくれ!と叫びたかった。
声が出れば叫んでいたんだろうか・・・?
坂倉「それまでは会話は一切しなかったオヤジ。
特に暴力をふるってたわけでもなかった。
ただその日を境に俺は事あるごとに暴力を受けてきた・・
俺が帰ってきたから競馬がハズれたんだ!と怒鳴られ
泣きながら気をつけをさせられ殴られ続けた事もある・・・
母ちゃんは・・・たすけ・・て・・くれ・・なか・・った・・」
キツメ目の少年は少し目尻を下げ
そこから一筋の滴を落とす。
その滴には・悔しさ・悲しみ・恨み・絶望
さまざまな負の感情が溶けている。
どこか大人びた表情の細見の顔が
中心に向かってぎゅっと凝縮され
年相応に見える子供の顔になっていた。
坂倉「・・・はは・・わりいな・・こんな話して・・・」
俺「いや・・別にいいけど・・・」
坂倉「修学旅行明日もあるだろ?
俺、風呂に入りたくねえんだ。
背中にさ、すげえ火傷の跡があってさ。
それ見られたくねえんだ。
明日も入らなかったらお前心配するだろ?
だからしゃべっちった。ごめんな。」
俺「・・・・・・・・・・・・・・・」
言葉というのは頭で考えてしゃべっていないのだと
俺はその時深く理解した。
俺はこいつにかける言葉を必死に探した。
「元気出せよ」「俺が力になってやる」
そんな言葉が浮かんでは消えていく。
俺がどうこうしてやれる自信がない。
頭の中で浮かんでは消えていき
俺の口からは何も出てこなかった・・・
人間、言葉を探すような状況じゃ会話はできない。
俺「・・・・わりい・・・何も言えねえや・・」
坂倉「・・だよな・・何も言えねえよな・・・
誰にも話したことなかったけど
何も言えないのはわかってたんだ。
でもせっかくだ。もうちょい聞いてくれ。」
そのあとも坂倉はしゃべり続けた。
虐待がひどく噂になり何度か児童相談所の人が訪れ問題になったこと。
血のつながらないオヤジが働きもせず
パチンコに通いつめ、そこで暴れて問題沙汰を起こし
近所で評判になってしまったこと。
それを母ちゃんがおびえ始め
いきなり引っ越しさせられたこと。
そして近所で噂になったときに
友達の家に行くと白い目で見られ
「あなたの家、危ないんでしょ?」と
心無い事を言われ「早く帰ったら?」と
半ば追い出されるよな目に何度もあったこと。
俺はそれを聞いて母ちゃんが
「顔色をうかがってる気がする・・」というのが
当たってたことに気づいた。
そして俺は坂倉と初めて一緒に夜明けを迎えた。
次の日は坂倉は俺を避けるように
女たちと行動していた。
俺は俺でどうしてやったらいいのか?とか
先生に言うべきか?とか考えたが
坂倉自身が怖くなってしまった・・・
まだ小学6年生に受け止められるレベルの話ではなく
その話を聞いたこと自体を無かったことにしたかった。
恐怖から俺は坂倉と行動を共にできず
修学旅行は終わりを迎えた・・・