俺が小学校6年生に進級したときの話。
6年生初日の登校日。
特にクラス替えもなく見慣れた顔触れで
「春休み短かったよな~」とか
「FFの裏ボス倒したぜ」とか
いつも通り友達と会話をしてる所で
教室の扉が開き、先生が入ってきた。
「あ~、やっぱりまたふるっち先生かよ~」
「うるさい。大体お前らわかってただろ?
うちは二年ごとに受け持つ学校なんだから」
「先生の顔見飽きた~。」
こんな何気ない会話が教室に響き渡る。
先生自身も全員去年と同じ顔ぶれなので
特に気張って挨拶もすることもなく
「今年もよろしく」程度の挨拶を済ますと
だらけてた先生の顔が一瞬引き締まる。
「今日から転校生がきたんだ。
いいか?みんな仲良くしてやれよ~」
「わかってるよ~。席が一個多いもん!男?女?」
「焦るな。今、紹介する。坂倉~。入ってこい~」
クラスみんなの視線が扉に注がれる。
横に座ってる山田花子を7~8発蹴られたような顔したブスは
「出会いの予感♪」などと、狂おしいほどに
イカれた言葉を汚い顔面にある肛門から吐いたのを覚えている。
扉が開き一人の少年が下を向いたまま入ってきた。
髪が無造作というよりかは、むしろぐちゃぐちゃといった表現が近い
耳まで伸ばした黒髪に、二重でやや釣り上がり気味の目。
顔は面長で細く引き締まり、やや大人びた顔立ち。
キツネ顔のホストのような男にクラスの連中は目を奪われる。
「うわ~♪」「きゃ~♪」という黄色い声援というよりかは
もはやピンクに近い天井に突き抜けるような悲鳴を女子達があげ
その声を聞いただけで男子数人は既に不愉快そうな顔をしてる。
普通の転校生だったら自己紹介で
オロオロ戸惑い上手にしゃべれず
緊張感を丸出しにするのだがこの坂倉は違った。
半ばふてくされ気味に「坂倉・・」と告げ
そのまま少しの間があくが
二つ目の言葉は彼の口から出てこない。
先生が「趣味とか特技は?」と聞いても
「別に・・」と、小さい声でつぶやく。
横に座ってるブス女は「声もかっこいい」などと
鼻息を荒くし、ノ~トを広げ
おもむろに「坂倉 ブス子」と書き
名字と名前のバランスを心配していた。
「席どこ?もういいでしょ先生?」と坂倉は告げると
舌うちしながら席につく。
俺はこの坂倉の態度が鼻についた。
バカ女達がイケメンとのロマンスを妄想で繰り広げるには
もってこいのオカズになりえるルックスだ。
やや悪ぶった態度がさらにメスの本能を刺激させて
脳みそをイカれさせ湿らせるには十分。
いいオカズをもらい、尻尾振って喜ぶ発情期のメス犬共。
こいつらの声援はどうでもいい。
俺はこの舐めた態度にランドセルを背負わず
肩掛けバッグでやってきて
どこの角度から見ても生意気なこいつをしめる!と
一人意気込んでいた。
俺は当時クラスで一番喧嘩が強く
番長的な存在だった。
発育が早く既に身長が170センチあり
他はみんな身長は150センチ台ばかり。
まともに取っ組み合えば体格差ですべて押し切れるので
俺に喧嘩で勝てる奴はいなかった。
絶対に負けるはずがない。
大きな自信を持ち、6年生初登校日ということもあり
午前中で授業が終わる。
帰りの会が終わり、帰ろうとする坂倉を
俺は背中から捕まえた。
「おい!俺がこのクラスで番を張ってる1だ。
てめえ挨拶もなしか?」
今、思い返すと「番を張ってる」などと
知能指数が低い言葉をかっこいいと思い込み
最高のキメ顔で言っている当時の自分を思い出すと
その事実を知るもの全てをこの世から消したくなるが
まだ6年生だから勘弁していただきたい。
なんせバイブルがろくでなしブルースだったから・・・
「・・・・・・」
「あ?返事でき・・ガブッ!!」
目を合わすよりも言葉を交わすよりも早く
坂倉は俺の横顔を殴りつけた。
俺は一瞬何が起こったかわからなかった。
いきなり殴りかかってくる事など想定していなく
「あれ?なんかほっぺたいてえな?」と
理解するのに数秒を要した。
しかし、頭の中で組み立て殴られた事を理解すると
「てめええ!こらあああ!」と
坂倉の髪を掴んで振り回す。
この髪をつかんで振り回したのまでは
覚えているが喧嘩の中身はよく覚えていない。
なんとなく覚えているのは
とにかく坂倉は防御を一切せず
俺が殴った上から無理矢理殴りかかってくるという
狂気じみた喧嘩の仕方をしてきた。
喧嘩自体は圧倒的な体格差も手伝い
俺の方が有利に進めていたと思うが
あまり記憶は定かじゃない。
ただ途中から一切防御しないで
何発も顔面に攻撃が入ってふらふらしてるのに
全く引かずひたすら殴りかかってくるこいつに
「もう怖いから終わりにしたい・・」と
思っていたのは覚えている。
その後、誰かが教室に先生を呼びに行き
喧嘩を止められて終わった。
俺は職員室へ。坂倉は保健室へ連れて行かれ
先生に事情聴取を受け
自分から喧嘩を仕掛けたことを正直に話すと
マジでたんこぶができたほどの強烈なげんこつをもらい
保健室行って坂倉に謝ってこい!と、職員室を追い出された。
「謝んなきゃ・・いけねえのか・・・」
俺は謝るのが嫌だった。
自分から喧嘩を売ったんだから自分の方が悪いのはわかる。
しかし最初の舐めた態度やランドセルじゃなく
偉そうに肩掛けバッグを持って現れ
いくら喧嘩売る気で声をかけたからとはいえ
いきなり殴りかかってきた奴に謝る・・・
考えただけでも気に入らない。謝るなんて冗談じゃない。
俺はそのままランドセルを背負って
玄関に向かい靴を履いて帰ることにした。
「あ~、謝んなきゃ親に連絡くるかな~?」
なんて内心ちょっとびびりながら靴を出していると
タッタッタと走ってくる足音が聞こえてきた。
「やばい!帰ろうとしてるのバレたか?」と
身を隠そうとしたがここは下駄箱。隠れる場所はない。
もう怒られる覚悟で足音が聞こえてくる先を見つめていると
その足音と共に視界に飛び込んできたのは坂倉だった。
「あ・・・・・・・・・」
「あ・・・・・・・・・」
お互い目が合い、空気が凍り
全ての時間が止まったような空間ができる。
なんでこいつ・・ここに・・・
どうする・・謝るべきか?
頭の中ではいろいろ考えを巡らすも
なかなか良策が見出せず動けない、
水道をキチンと締めなかったのか
ポツポツと滴り落ちる男が聞こえる・・・
そんな静寂の中、坂倉が口を開いた。
「・・・・帰んの?」
「あ・・ああ・・・先生にお前に謝ってこいって
怒られて。でも謝りたくねえからこのまま逃げるつもり。」
「・・・・・・・・・・・・俺も」
「え?」
「・・・俺もお前にいきなり殴りかかったんだから
謝ってこいって言われて・・・・
腹立ったから逃げて帰ろうとしたところ・・・」
「ぷっ・・・・」
「は・・ははははは」
空気が緩み、時間が動き出すのを感じた。
張り詰めていた空気は優しく溶けて
俺と坂倉を優しく包みこみ、柔らかくなった日差しを浴びながら
お互い笑いが止まらなくなった。
「んだよ。お前謝れよ!」
「お前こそ謝れよ!」
「嫌だね。」
「俺もごめんだね。」
「んじゃ一緒に帰ろうぜ。」
「似たもの同士、一緒に帰るか!」
どっちも謝らずに仲直りする経験は
人生でこれが最初であり最後かもしれない。
俺は坂倉と親友になった。
俺はこの喧嘩以降、ほとんどの行動を坂倉と共にした。
学校ではもちろん終わってからも毎日のように一緒に遊んだ。
ただ仲良くなればなるほど不思議な事があった。
小学校6年生ならばたいがい門限がある。
俺の家は当時としては若干甘めで
夕方の6時半だったが
いつもバイバイするときは
「俺はもうちょい遊んで帰るわ」と言っていた。
いくら子供とはいえ、毎回毎回「まだもうちょい遊んで行く」と
言ってるのはおかしいと気づく。
しかし一度それについて深く聞こうとしたが
何度聞いても「遊び足りないだけ」としか返事が返ってこない。
小学6年生には心配でもそれ以上の事をしてやれない。
俺は気にはなりつつも
それ以上は触れずに時を過ごしていた。
ある日、うちの母ちゃんが坂倉を連れて来いという。
俺は小学5年生まではいろんな友達と
ゲ~ムをやって遊んでいたが
6年生になり急に坂倉ばっかりと遊ぶようになり
また外にばっか行くようになって
飯食ってる時も坂倉の話ばかりしてるもんだから
坂倉に会ってみたい!と騒ぎ出した。
「なぁ?うちの母ちゃんが会いたいって言ってんだけど
遊びにこねえ?」
「え・・?お前の母ちゃんが?
・・・別にいいけど・・・」
このとき、少しだけ下に
うつむきため息をついた気がした・・・
こいつの表情を今でも忘れない。