41: 名も無き被検体774号+ 2014/03/12(水) 08:16:45.87 ID:zSMs1Lti0
逡巡していたのは数秒だった。
僕は先生の前にかがみこんだ。その顔を真正面から見据える。僕を追って、先生の両目が揺れる。思い切って、先生の手首を掴んだ。未だうっすらと血の浮かぶ小指が痛々しい。残念ながらもう絆創膏はない。「逃げましょう」この短い間に100の言葉を考え付いたと思ったのだが、結局最初に出てきたのは、そんな一言だった。
僕は先生の前にかがみこんだ。その顔を真正面から見据える。僕を追って、先生の両目が揺れる。思い切って、先生の手首を掴んだ。未だうっすらと血の浮かぶ小指が痛々しい。残念ながらもう絆創膏はない。「逃げましょう」この短い間に100の言葉を考え付いたと思ったのだが、結局最初に出てきたのは、そんな一言だった。
「どこか遠くに逃げましょう。
逃げたってどうにもならないかもだけど逃げましょう。
先生にどんなことがあったのか知らないけど逃げましょう」
馬鹿みたいに、馬鹿みたいな言葉を繰り返した。
「大丈夫です。
どうにもならないかもしれないけど大丈夫です。
どうなればいいのかなんて知らないけど大丈夫です」
こんなことを言うしか、僕にはできないんだ。
でもきっとこれは、僕にしかできないことで、僕にしか言えないことだ。
何も知らないことを良しとしてきた、僕にしか言えないことだ。
「何も話さなくてもいいんですよ。
いいじゃないですか、たまには休んだって。
いいじゃないですか、そんなになるまで苦しんだんだから。
いいじゃないですか、いいですよ。それでも僕は、先生のそばにいたいと思うんですから」
なにがお気に召したのか。あるいは、なにが気に入らなかったのか。
みるみるうちに、先生は表情を取り戻していった。苦しそうで辛そうで、まるで麻酔なしの手術を受けているような、そんな顔。
先生は声をあげて泣いた。子供のように泣いた。
なにも知らない僕は、なにも汲めない僕は、それでもその涙の意味を考えなかった。
優しく肩を抱きしめるなんてことを、どうしてこの時の僕ができただろうか。
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