39: 名も無き被検体774号+ 2014/03/12(水) 08:12:00.85 ID:zSMs1Lti0
電気はついていなかった。
沈みかけた日の光がパステルカラーのカーテン越しに彼女の姿を染め上げていた。
薄暗く、陰鬱に、先生はぺたりと座り込んでいた。うなだれた首より先は、長い髪の毛に隠れてしまっている。部屋は惨憺たる有様だった。まず目を引くのは、直径が70㎝もあろうかというレトロな掛け時計だった。ブリキ製の長針が真ん中あたりでねじまがって、中空に屹立している。
壁に貼ってあったのだろう『世界のクジラたち』という博物ポスターはびりびりに破れて、床に落ちていた。
大量の蔵書は本棚から雪崩れ落ち、下に置かれていた小物入れをひっくり返してしまっている。
洒落たデザインの薬瓶が割れて、中に入っていたであろう綿棒が本の海と混ざり合う。
横倒しになったローテーブルの足元には、木製の鉛筆立てが転がり、針の山のように文房具が散らばっていた。凄惨な破壊痕に圧倒されて、しかるべき事実に気づくのが遅れた。
もちろん、気づいてしまったこと自体に後悔するような、そんな気づきだ。
沈みかけた日の光がパステルカラーのカーテン越しに彼女の姿を染め上げていた。
薄暗く、陰鬱に、先生はぺたりと座り込んでいた。うなだれた首より先は、長い髪の毛に隠れてしまっている。部屋は惨憺たる有様だった。まず目を引くのは、直径が70㎝もあろうかというレトロな掛け時計だった。ブリキ製の長針が真ん中あたりでねじまがって、中空に屹立している。
壁に貼ってあったのだろう『世界のクジラたち』という博物ポスターはびりびりに破れて、床に落ちていた。
大量の蔵書は本棚から雪崩れ落ち、下に置かれていた小物入れをひっくり返してしまっている。
洒落たデザインの薬瓶が割れて、中に入っていたであろう綿棒が本の海と混ざり合う。
横倒しになったローテーブルの足元には、木製の鉛筆立てが転がり、針の山のように文房具が散らばっていた。凄惨な破壊痕に圧倒されて、しかるべき事実に気づくのが遅れた。
もちろん、気づいてしまったこと自体に後悔するような、そんな気づきだ。
この惨状は、全部先生の仕業なのだ。
たとえ局所的な大地震があったとしても、時計の針はあんな風には曲がるまい。
ポスターはあんな風には破れまい。
小指の爪が剥がれてしまうようなことはあるまい。
だらんと垂れた先生の左手、その小指から血が流れていた。
大した出血量ではない。淡い色のカーペットに、二センチほどの黒い染みが出来ている程度だ。
けど、それでも、軟弱な僕に狂気の刃を突き付けるには十分だった。
部屋はこんなに病的なのに――
そこに在る匂いは、あまりにも優しい匂いだった。
持ち主を想像するに難くない、可憐な女性に相応しい、そういう匂いだった。
そのアンバランスさにまた、身震いした。
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