ほんで急遽他のポイント探しに出たんやが、親父もワイも山の人間やから土地勘がないねん
そうこうするうち、漁村とおぼしき集落に降りる道を見つけたんやが、妙に明るいんや
よる8時は回ってるはずやから、この辺の夏とはいえもう暗いのに、人もずいぶん多くなった
皆浴衣や作務衣で、いかにも夏祭りの風景が見えた
id変わっとるかもしれんがイッチや
寝てしもうてすまんな
ちょっとだけ書いていくで
もともと車一両がやっと、という道の両脇に、次第にたくさんの出店が現れ、行く手はいつしか人で埋め尽くされて車は徐行のような状態になったんや。ワイは引き返したほうがいいのでは、と言おうと顔を助手席から親父に向けた
親父は険しい顔をして、ブツブツ何かを呟いとった よく聞くとそれは阿弥陀経やった
ワイは親父がおかしくなったんかと思ったが、すぐに合点がいった
この祭りは音がしないんや
いくら冷房のために窓を締め切ってても、すぐ近くで行き交う人々の声や屋台で何かを焼く音とか、おおよそ祭りの喧騒が聞こえてこないんや
消音にしたテレビみたいやな
しかし、人々はワイらの車を不思議そうに避けるだけで、決して迷惑そうにされたり、ドアを叩かれたりすることはなかった
その状態が体感的には50メートルばかり続くと、視界が開けて船着場に出たんや
おまたせやで
すまんな
船着場には小さな漁船が10台ほど停められていて、それらは現実のもののように思われたんやけど、そのいちばん奥にギラギラ光る大きな木造船が泊まっとった
傍目には巨大なイカ釣り漁船にも見えたが、よく見ると船全体がいろんな色で光ってるのが分かった
帆まで着いとったが、蒸気で動きそうな煙突があったんが印象的やった
祭りの人たちは遠巻きにその船を幸せそうに眺めとって、ワイらはその群衆と船の間に飛び出したような状態やった
見とれていると、不意にタバコの匂いがしたんや 親父が珍しくタバコに火をつけとって、ゆっくり車を出したんや
しばらくするとその集落を抜け、海沿いの暗い道になった なんとなく普通の道に戻ったことが分かったわ
親父は窓を全開にすると、安心したように「大潮の日にはあぎゃんこつもあっとだろ(ああいうこともあるんだろ)」と言うた
ちなみにその日は全く釣れなかったし、
調べても似たような祭りは無かった
ワイらは何を見たんやろうな
これは小学校~高校まで続いた話や
ワイが一人で寝つけない夜、時々遠くで笛と太鼓の祭囃子が聞こえるんや
聞こえるのは数年に一回程度で、
決まって夏の夕立後の涼しい夜やった気がする
ひょっとこが踊りだしそうな、割と楽しげな一定のリズムと音階をずっと繰り返すんやけど
次第に音は遠くなっていって、ワイはそのうち寝てしまうんや
>>63
ありがとう
とうとう中学ん時、このお囃子は何や?と疑って正体を確かめようと思い立った
真っ先に思ったんは実家の裏手にある神社の神楽舞の練習や
今はもう廃れて長いが、その頃は地域の小さな神社にも神楽舞を奉納する風習が残っとった
薪能とも狂言ともつかん、演目の意味も誰も分からなくなったような代物や
氏子の年寄がシテ方、ワキ方(神楽を舞う人)を毎年交代でやり、演奏方は基本的にその息子たちが担った
舞の奉納自体はGW前には終わる
だから夏に聞こえてくる祭囃子は、演奏方のヤツが腕が鈍らんように練習しとんのかなと思ったんや
ワイの家は演者の家ではなかったが、ジッジが昔区長として神楽を取り仕切ったことがあったから、ある日ジッジに聞いてみたんや
ジッジはワイの話を聞くと、目を細めてこう行ったんや。「もうワシには聴こえんばってん、昔はよう聴こえよった、聴こえよった。こぎゃん音頭やろ?」そういってジッジは、ワイが聞いてたのと同じ囃子を口笛で吹いた
ワイは音痴やからお囃子の音まで伝えてなかったから、心底驚いたで
※補足
「ふきちゃん」に出てきたのは母方のジッジ
いま出てきてるのは父方で、同居してたジッジや
ジッジは「ありゃあ、畑ん神さんの祭りたい。もうワシには聴こえんけん、神さんはおらんごつなったと思うたばってん、まだおるたいなぁ(もう神様は居なくなったと思ったんやが、まだおったんやね)」とニカニカして米焼酎をあおった
神楽の練習は騒音になるからと公民館以外ではやらないらしかった
ちなみに神社の祭神は天神さんやけど、きっとローカルな神さんもおったんやろうな
高校卒業してワイが地元を発つまで、その音はときどき聞こえていた。最後に聞いたんは大学受験勉強中、やっぱり夕立後の涼しい夜やった
ワイは窓を開けて、楽しげな音色をぼんやりと聞いてたんや その前年にジッジは逝ったから、なんとなくジッジも聞いとるんちゃうか、と思った
ワイは夏に帰省してももう祭囃子は聞こえんくなってしもうたが、地域の若いやつが聞いてたらええな
なんか自分ええ締め方するやんけ
これ読み方は
はたんかみさんでええの
ジッジは「はたけんかみさん」と呼んどったけど、固有名詞やなくて「トイレの神様」みたいな一般名詞やで わかりづらくてすまんな
ジッジの呼び方が知りたかったからええんやで三月
ちょっと中断。飲みすぎたで
>>74
秘密やで
小4の春、ワイは一時期だけ叔父の家に住んどった
家庭的な事情は割愛するが、実家から離れた県庁所在地にある叔父一家のマンションにお世話になってたんやな
叔父の息子(ワイから見たら従兄弟やね)はよくしてくれて、マンションの子らとワイを引き合わせてくれて、皆でマンションの中庭でよく遊んどった
中庭で「だるまさんがころんだ」をやる時のルールがあったんや
『アパートの子が来たら解散』
マンションの裏手に藪があって、その奥に小さな木造アパートがあったらしい
そこの子が、「だるまさんがころんだ」にいつの間にか混ざることがあるんやと
まぁ今だから言えるが、アパートとの経済的格差を意識して、マンションの親たちが代々言い聞かせたことが受け継がれただけかもしれん
そして混ざるのは生きた子じゃないことも、マンションの子供たちには暗黙の了解として認知されとった
従兄弟含めマンションの子が6人くらいおった気がするわ
何回目かの「だるまさんがころんだ!」の掛け声で振り返ったとき、中庭の隅っこに知らん男の子がおったような気がした
背の低い髪の短い子やった
身なりは普通で、幽霊めいた所はなかったように思うんやが、中庭に入るにはオートロックで仕切られたマンションの通路を通らなあかんし、知らんマンションの子が入ってきたら普通は誰か気づく筈や
ワイはブルッと来たが確証が無かったため、とりあえずだるまさんを継続することにした
ところが振り返るたびに、その子が近づいてくるんや
庭木の陰、分電盤の下、すぐ目の前の排水管の陰…
ワイは「この子にタッチされたらどうなるんや?」と思った、そしたらめちゃめちゃ怖くなった
そして「だるまさんが…」と言った時、肩をぽん、と叩かれた
その中にあの男の子はおらんやった
その後、従兄弟含め皆がが鬼をやって、別の遊びもして夕方には解散した
帰りのエレベーターの中で、従兄弟がワイに「男の子だったど?」と突然言った
「一人混じっとった男の子。見たど?」
聞けば従兄弟か鬼のときも知らん男の子か混じっていたらしい。ワイはさらに肝が冷えたが、実はこれは初めてでは無いらしい
だるまさんがころんだだけでなく、例えばゲームボーイを持ち寄って中庭で遊んでいるときも、不思議そうに覗き込む男の子の視線を幾度も感じてたらしいんや