これが何なのか、そして今これをどうするべきなのか。
しっかりとわかった…
俺は深呼吸をした後、封を切り、中から手紙を取り出した。
「先輩、ありがとうございました!」
咄嗟に俺は手紙を隠した。
後輩はトイレから出てくるなりすぐにソファに腰掛けた。
トイレに行きたかったから落ち着かなくてうろうろしてたんだな、と思うと少し可愛く見えた。
「あれ?なに笑ってるんですか?」後輩がこちらを見て言う。
「ううん、何でもないよ!」そう言って後輩から少し離れた場所に座った。
俺はそれから口を開けなかった。
後輩も当分の間、口を開けず下を向いていた。
後輩は何度かこちらの方を向いてなにか言いだそうとしながらも
何度もそのまま顔を落とすのを繰り返した。
俺は気付いてしまった。後輩が今からなにを言おうとしてるのか
俺は言わせちゃいけないと思った。
今まで遊びで後輩と出かけたりしてきたわけじゃない。
そしてもちろん少しの好意も無かったのかと言われればノーとは答えきれないだろう。
けれど後輩がその言葉を言ってしまったら、俺は間違いなく後輩を不幸にすると思った。
それから後輩よりも先に俺が口を開いた。
「そろそろ、遅いし帰った方がいんじゃない?」
「で、でもさ帰れなくなっちゃうし、送ってくよ」
胸が痛かった。こんなこと言いたくなかった。
手紙を見つけていなければ…そんな気持ちと葛藤しながらも
俺は後輩をなんとか帰らそうとした。
「ほら、早く帰ろうよ」俺は後輩の言葉に食い気味で返した。
「先輩!」後輩が大きな声をあげ、こちらを見た。
「先輩…聞いてください」俺が言わせまいとしていることに気付いたんだと思った。後輩の目には涙が浮かんでいた。
「私、先輩のことが好きです…」
そして後輩はそれ以上言葉を続けなかった。
しばらくしてから後輩は部屋を出ていった。
「今日は楽しかったです、ありがとうございました」
そう言葉を残して。
後輩の思いを踏みにじった。
後輩を傷つけたくないから後輩を早く帰らそうとした。
それは違った、俺が傷付きたくないだけだった。
封筒を見たとき、あの時のことが蘇った。
自分が傷つかないように自分を守るために
俺はまた逃げた。
そして、また人を泣かせた。
毎晩していた後輩との電話もぷっつりと途切れた。
俺はなにも成長していなかった、自分が傷付くことを恐れてまた人を傷つけてしまった。
手紙も読むことができずにいた。
1週間くらい立った頃、後輩から電話があった。
2度3度携帯が鳴ったけれど俺は出ることができなかった。
ぼぉ~っとしていた頭の中に色んな思い出が蘇ってきた。
走馬灯とは違う、鮮明にゆっくりと、
ゲームのエピローグのように俺の人生が再生された。
俺は封筒に手を伸ばした。
手紙を取り出すことはなく封筒を握って家を出た。
この間はごめんなさい。
少しだけ時間を下さい。
ケジメをつけさせて下さい。
身勝手だけれど後輩ちゃんが良ければもう1度2人で
出かけたい場所があります。
何月何日、昼の12時に〇〇駅で待ってます。
封筒の裏側に書いてあった場所に向かった。
俺の昔、住みたいと思っていた都会だった。
住所の示す場所までくると街からは少しハズレた場所まで来た。
そこには小さな家が建っていた。
都会にはないような古びた家だった。
その家の表札にはしっかりと封筒の裏側に書いてある名前が彫られていた。見覚えのある名前だった。
チャイムを鳴らすと
聞き覚えのある声が聞こえた。
玄関が開くと見覚えのある女性が出てきた。
彼女の母親だった。
「えっと…」と困った顔をした。
無理もない、最後にあったのは俺が中学1年生の頃だった。
俺もずいぶんと大きくなったんだなって少し誇らしくなった。
「突然すみません、覚えてませんか…」
そういうと彼女の母親は口に手をあて涙を流した。
「俺くん?俺くんだよね!」
「はい」そう返すと彼女の母親は俺を優しく抱きしめた。
「覚えててくれたんですね」そう俺が言うと
「忘れたことなんてないよ」とまた涙を流した。
「少し待ってて」そういうと家の中に戻っていった。
「暑かったでしょう、村の人たちはどう?」彼女の母親がそう問いかけてきたので俺は今は村に住んでいないこと、中学校、高校、大学と進んだことを話した。
もちろん大したことのない俺の人生、つまらないであろう話を
嬉しそうに、そして時々涙を拭いながら聞いてくれた。
俺が話を終えると彼女は母親は
「本当に大きくなったわね」と言った。
「体だけですけどね」と俺は笑った。
都会とはいえ少し外れたところだったため
セミが凄く鳴いていた。俺達はそのセミの声を遮ることなく黙っていた。彼女の母親はまた涙を流した。
俺の質問に少し間を置いて
「そうねぇ、今はいないのよ」と笑った。
「残念ねぇ、今日帰っちゃうの?」と続けた。
「いえ、2日後までは暇なので」と俺は返した。
彼女の母親がそう言ってくれたので後輩を誘った2日後の朝まで彼女の家に泊まらせて貰うことにした。
その日は電車に揺られて疲れたからかすぐに眠ってしまった。
次の日起きると、彼女の母親はご飯を作ってくれていた。
「さ、しっかりと食べて!」笑顔で進めてくれた。
ご飯は美味しかった。起きた時間が昼過ぎだったから形状は昼ごはんなのだけれど、起きたばかりの俺に唐揚げは少し重かった。
その日は彼女の母親と街にでかけた。
夜ご飯を一緒に考えて買出しをした。
お刺身に豚カツという豪華なメニューになった。
ちゃんと3人分用意した。
7時には完成したのだけれど彼女がまだ帰ってこなかったので少し待つことにした。
30分くらいして彼女の母親が
「冷めちゃうから食べちゃいましょ!」と言った。
豚カツはすでに冷めかけていたけれど美味しかった。
彼女が帰ってくるのを待った。
もう明日の朝には帰らなければならない、12時を回った頃だろうか、彼女の母親が話しかけてきた。
「そろそろ寝たほうがいんじゃない?明日、朝早いんでしょ?」
「そうですよね、すみません、でももう少し待たせてください」
そう俺が返すと彼女の母親は隣に座ってくれた。
それから俺は彼女の母親に言った。
「明日の朝起きたら帰って来てたりしますかね」
彼女の母親はなにも言わなかった。
俺はその後すぐ眠りについた。
次の日の朝、セミの鳴き声で目覚めた。
その日はいつも以上に暑くて、セミも元気だった。