両親の離婚&怪我で部活人生終了➡︎絶望していた俺にやってきた忘れられない夏

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339:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/07(土) 20:58:35.91ID:dlhGMPwp.net
奈央「明日、早いからね。寝坊はダメだよ」
俺「分かった。奈央も寝坊すんなよ」
奈央「うっさい」

皿洗いが終わった後、俺は真っ暗になった庭に出た。
使ってない自転車があるらしく、明日俺が使うために出してこようと思った。
家の居間からの灯りと、まばらな街灯の灯りだけが頼りだった。

341:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/07(土) 21:01:50.49ID:dlhGMPwp.net
ぶどう畑の脇の、物置のような所から自転車を引っ張り出してきて、
水道の横に止めると、縁側にいたおじさんに声をかけられた。

おじさん「自転車なんか出して、どうするで」
俺「あ、いえ。ちょっと明日使わせてもらおうかと」
おじさん「明日どっか行くの?」
そう言われて少し戸惑ったが、すぐに「部活です」と自信たっぷりに答えた。

おじさんは「はは!」と高笑いし、「1君は高校生だったっけ」と笑っていた。
おじさん「ちょっとここ座れし」
そう言われて、俺はおじさんの横に座った。

342:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/07(土) 21:05:54.59ID:dlhGMPwp.net
おじさん「奈央の部活でも、見に行くのけ」
俺「あ、そうです。ちょっと頼まれたので」
おじさんは、ふうっと煙を吐いて続けた。

おじさん「そんなこんやってないで、勉強しなくていいだか?」
俺は突然の言葉にドキッとし、一気に体温が上がる気がした。

俺「いや…もちろん勉強も…」
おじさん「勉強に集中するためにこっちに来たって聞いたけど」
おじさん「なんで部活に行くなんて話になってるだ」
俺「…すいません」

蒸し暑い夏の夜に、場が凍りついたようだった。
まさか怒られるとは思っていなかった俺は、
握りしめた拳に嫌な汗をかいた。

343:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/07(土) 21:11:07.03ID:dlhGMPwp.net
おじさん「…なんて、いつもこんなん言われてた?」
俺「…はい?」
おじさん「1君、本当は勉強好きじゃないら?」
おじさんの態度がくるっと変わったので、俺は何て言ったらいいか分からずにいた。

おじさん「というか、他にやりたいことがあるらに」
おじさん「聞いたよ、畑も手伝ってくれたらしいじゃん」
おじさん「庭でよく奈央とバレーもしてるんだってね」

おじさん「でも俺は、それでもいいと思うんだよ」
おじさん「勉強ばっかりやってたら、人間頭がおかしくなっちまうよ」
リーンという夏の虫の声に揺られて、おじさんの横顔が暗闇にぽっかりと浮かび上がっていた。

344:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/07(土) 21:12:47.81ID:dlhGMPwp.net
俺「明日の部活なんですけど」
俺「俺、ここ何年かずっと、やりたいことが何もなかったんです」
俺「したくもない勉強を毎日毎日ずーっとやって、そんな風に過ごしてきて」

俺「でも今、本当にやりたいと思えることが、目の前にできたんです。もう、何年もなかったのに」
俺「だから明日、俺は奈央さんの部活に行って来ます」

俺は無我夢中で、今自分の心にあることを吐き出した。
まるで小さい子供のように、心に燃える想いを躊躇なく吐き出していた。

346:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/07(土) 21:20:34.45ID:dlhGMPwp.net
おじさん「1君、どうしたで」
俺「はい?」
おじさん「なんか今、すごい楽しそうじゃん」
俺はおじさんのその言葉を聞いて驚いた。

俺「え、そうですか?」
おじさん「なんか、いい顔してたよ」
自分でも気づいていなかった。俺はそんな風に見えていたのか。
というか、そんな風になっていたのか。

おじさん「まあ、好きにしたらいい。早起きして部活に行くのも一興だ」
おじさんはそう言うと、笑みを浮かべて煙草をくわえた。
俺も、「そうかもですね」と笑って相槌を打った。

347:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/07(土) 21:21:41.58ID:dlhGMPwp.net
俺は、変わり始めていたのかもしれない。
全てに自暴自棄になって、過去の記憶の亡霊に取り憑かれて流れ着いたこの場所で、
俺は何か大事なものを見つけかけていた。

その日、初めて奈央からLINEが来た。
「明日は8:30には家出るからね」
とだけ書かれた、簡素なものだった。

気合を入れて返事を返すのもアレなので、
俺は「りょーかい」とだけ打ち込んで、返事とした。

348:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/07(土) 21:31:16.88ID:dlhGMPwp.net
同じ家にいるというのに、LINEをするというのも妙な感覚だった。
自分の部屋にいるのも、少しだけソワソワした。
灯りは豆電球だけにして、しばらくスマホを眺めていた。

窓の外からは相変わらず虫の声が聞こえていた。
その日は、なんだか不思議な夜だった。
今更ながら、自分が全然知らない世界に来たような、そんな不思議な気持ちになった。

349:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/07(土) 21:32:26.67ID:dlhGMPwp.net
次の日、奈央は8時前には支度が終わったようで、やたらと俺を急かした。
シューズを持っていないことを話すと、渋々自分の体育館履きを貸してくれた。
俺は自前のコルセットを準備したり、
タオルやTシャツを準備するのに手間取った。

結局8:30前に家を飛び出して、俺は寝ぼけた頭を覚ますのに必死だった。
奈央「早く!」
奈央は庭先の道で自転車に乗って俺を促した。
夏の朝の真っ白な光が、俺たち二人を包み込んだ。

351:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/07(土) 21:41:26.12ID:dlhGMPwp.net
自転車に乗るなんて久しぶりのことで、なんだか不思議な気がした。
「急ぐから、私のあと付いてきてね!」そう言う奈央の背中を追いかける。

風を切って坂道をどんどん下っていく。
前を行く奈央の後ろ姿が小さくなっていく。

いくつものぶどう畑が横目に通り過ぎていく。
あの駅前の道も通り過ぎた。遠くに、麓の街が小さく見えた。
太陽の光を浴びて、キラキラと光っていた。

352:名も無き被検体774号+@\(^o^)/: 2015/11/07(土) 21:56:56.05ID:vTmj6fMO.net
一部のシーンでもいい、実写・アニメでもいいからCMに使われてほしい情景だ!

354:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/07(土) 22:21:58.65ID:dlhGMPwp.net
なにせずっと下り坂で、風を思い切り浴びるので、
暑さはそこまでじゃなかった。
奈央が飲み物買うのを忘れたと言って、途中自販機の前で立ち止まった。

俺「ねえ、そこまで急がなくてもいいんじゃない?」
奈央「そうかな。まあ、それなら普通に行ってもいいけど」
俺「何をそんなに焦ってるの?」
俺は自販機の影に入るようにして、奈央の表情を窺った。

奈央「別に、焦ってなんていないけどさぁ」
奈央は怪訝な表情でこちらに視線を向けた。

355:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/07(土) 22:23:49.42ID:dlhGMPwp.net
奈央「早く行って、準備したかっただけだよ」
奈央「…ごめんね」
俺は一瞬「ん?」と思って状況を理解できなかったが、
奈央が謝っているんだと気付いてすぐにフォローを入れた。

俺「や、やめて。謝ることないよ。いいんだ別に」
そう言うと奈央は「ううん」と首を横に振って、
「行こっか」と言ってペダルを踏んだ。

夏の朝の陽射しが揺れる中を、奈央が少し前を走っている。
「学校ちょっと遠いんだぁ」などと言って、時々こちらを振り返った。

俺はずっと、長い髪の結ばれた奈央の後ろ姿を見ていたから、
奈央が振り返るたびに目が合って、ちょっと困った。

358:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 00:57:20.42ID:9/BsGJdf.net
次第に何もなかった山道から、少々車通りの多い道が増えてきた。
いくつもの坂を下って、抜けた先に大きな川があって、
その河川敷の横には、ひまわり畑が広がっていた。

そして、その向こうには奈央の高校があった。
こりゃ、帰り道は一段と大変そうだな、と思った。

奈央のあとを追って校内に入ると、世界が一変するようだった。
不意に、空気と雰囲気が変わった気がしたのだ。
驚いて振り返ると、校門からは来た道が続いていた。

359:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 01:01:01.03ID:9/BsGJdf.net
こんな事ってあるもんなのかと思ったが、
遠くで「こっち!」と呼ぶ奈央の方を向き直って、
俺は自転車のペダルを踏み直した。

何もかもが懐かしく感じた。
そんなに遠い昔のことでもないのに、高校ってこんな感じだったよなぁと、
目に映るもの全てに親しみを覚えた。

どこで吹いてるのかも分からない、遠くから聞こえる吹部の「プア~」という音。
朝練なのだろうか。熱心な生徒が練習前に来て吹いているのだろうか。

360:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 01:11:50.63ID:9/BsGJdf.net
野球部はすでにグラウンドで「おい!おい!」と掛け声を上げてランニングをしている。
俺の目の前を、弓を抱えた弓道部の一団が通り過ぎて行く。
これから試合にでも行くのだろうか。

かと思えば、何やら大きな荷物を抱えて歩いている屈強な男子たちともすれ違った。
ラグビー部か、レスリング部…と言ったところだろうか?

奈央は一足先に駐輪場に自転車を止めていた。
奈央「ここ、私の隣に置いちゃっていいから。テキトーに」
そう言われて、奈央の横に自転車をつける。

俺「にしても、部活が盛んな学校なんだね」
ここに来るまでに、一体どれだけの部活の子とすれ違っただろうか。

361:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 01:15:27.90ID:9/BsGJdf.net
奈央「まーね。一応伝統校だから、部活には相当力を入れてるよ」
奈央「文武両道、とか言って勉強にもうるさいけどね」
俺「へえ、立派な高校なんだね」

俺がそう言うと奈央は、
奈央「そんな事ないよ、この辺の子たちが集まってくる普通の高校だよ」
と言ってはにかんだ。

362:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 01:20:27.44ID:9/BsGJdf.net
奈央「私は部室に行って着替えてくるから」
奈央「ちょっと、ここで待ってて」
そう言われて、俺は駐輪場の自転車の脇で待っていた。

止めてある無数の自転車や、目の前にあった水道などを眺めて、
やっぱりここは高校なんだなぁ、としみじみとしてしまった。
この中だけ、時間の流れ方が違うようだ。

毎年沢山の生徒が卒業して、入学して、人はどんどん入れ替わるけど、
この場所だけは、永遠に終わらない青春の時間が流れ続けてるんだ、と思った。

364:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 01:38:34.21ID:9/BsGJdf.net
数分待っていると、奈央が駆け足で戻ってきて「いこ」と俺を誘った。

体育館は駐輪場のすぐ近くにあった。
中からはすでに「バシンバシン!」とボールの音が響いていた。
奈央はなぜか「後から入ってきて!」と言って俺を置いて中へ入った。

少し待って入ると、バスケ部の男子がこちらを見て「ちわーーっす!」と仕切りに挨拶をしてくれた。
体育館の特有の匂い。キュキュっとシューズの擦れる音。
高い天井から注ぐ無数の照明。

365:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 01:39:56.21ID:9/BsGJdf.net
その中に降り立って、俺は少し胸が詰まる想いがした。

そして、久々にやるぞ!と勇んで体育館履きを履こうとしたら、
サイズが合わずまったく足に入らなかった。
俺「靴が入らないんだけど」
奈央「かかと踏んで履いちゃえばいいよ」
俺「それはあぶないよ」

366:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 01:41:16.82ID:9/BsGJdf.net
俺がそう言うと、奈央は「もう」とむくれて体育館の入り口を指さした。
奈央「入口の下駄箱に、忘れ物のシューズがいくつかあるから、使いなよ」
それに「分かった」と答え、古ぼけた下駄箱から見繕って、
シューズを履いて中に戻った。

その間、奈央は体育館を仕切るネット越しに、
ずっと男バスの様子を夢中で眺めていた。
俺「準備、しないの」
俺が声をかけると、不意を突かれたように「ああ、そうだ」とおかしな声を出した。

367:名も無き被検体774号+@\(^o^)/: 2015/11/08(日) 01:43:34.92ID:5NYJDfbk.net
1の文章好きだわ

368:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 01:46:54.01ID:9/BsGJdf.net
奈央が倉庫のような所に駆け出して、一人でネットのポールを運んでくる。
「あぶないよ!」と言ってすぐに手伝った。
「いつも一人でやってるから平気」と言っていたが、足元はフラフラだった。

体育館でネットを立てるなんて作業、もう何年ぶりのことだったろうか。
ぎしぎしと軋むネットの音が何だか無性に心地よく感じた。

そんな風にして、二人で準備を進めていると、
他の部員たちも集まってきて準備を手伝い始めた。
後から来た子たちは皆、俺の方を不思議そうな表情で眺めていた。
俺も仕方なく、「こんにちは」と力なく会釈をするだけだった。


369:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 01:50:31.44ID:9/BsGJdf.net
奈央が後輩らしき子に、「あの人ですか?」と聞かれて困った笑顔を浮かべていた。
俺のことを、いつ説明するつもりなのだろうか。

そんな事を思っていると、
入り口の方でバスケ部男子が「こんにちはー!」と次々に言い始めて、
お腹の大きな一人の女性が入ってきた。

歩きながら男子たちと談笑しているようにも見えた。
それに気づくと、奈央はすぐさまその女性の元へと駆け寄っていった。
恐らく、あれが女子バレーの部の顧問の先生なのだろう。
奈央はそのまま先生と数分話していた。

370:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 02:21:42.76ID:9/BsGJdf.net
他の子たちが各々ストレッチを始めたので、
俺も端の方で軽くストレッチをしていた。

すると、奈央が手招きして「来て」と俺を呼んだ。
椅子に座った先生と、奈央を挟んで向かい合う格好になる。
俺が「こんにちは」と挨拶をすると、先生は、
「女バレの顧問の野方です」と笑って挨拶してくれた。

371:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 02:34:50.72ID:T3XlmZ6k.net
先生「1君、だよね。奈央から聞いたけど、あなたがうちを見てくれるんだよね」
俺「あ、はい。どの程度力になれるかは分かりませんが…」

先生「ほんと、突然ごめんね。私がこんなんにならなきゃね」
先生「今日も、旦那の車で送ってもらったんだけどw」
先生はそう言って、自分のお腹を触って笑った。

先生「明日から産休のつもりで、その間は他の部の先生に一緒に見てもらおうと思ってたけど」
先生「それでも、バレーの中身のことまではカバー効かないからね…」
俺「そうですよね…」
先生と俺が会話をする間、奈央は一心に先生の方を見つめていた。

372:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 02:39:10.26ID:T3XlmZ6k.net
先生「見てもらえたら、それは心強いけど」
先生「これから大会まで一週間くらい、本当に見てもらえる?」
その言葉を聞いて、俺の中で色々なものがフラッシュバックした。

途中で辞めてしまった部活
バレーをとったら何も残っていないと知ったあの日
春高決勝で輝いてたあのエースの風
出口の見えない勉強の毎日
過去の幻影に追われて何もしたいことのなかった毎日

373:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 02:42:25.45ID:T3XlmZ6k.net
そんな俺が、どういうわけか今、
再び体育館の中に立って、「部活」をしようとしている。

蒸し暑い、この体育館の中で、
シューズの擦れる音が響くこの体育館の中で、俺がいた。
先生のその質問に迷うことなく、
「はい、全力でやりますよ」と答えていた。

そう言うと、先生は笑って、
「ありがとう。他の先生にも、それとなく話しておくから」と言ってくれた。
俺は、再び与えられたこの時間で、一体何ができるんだろうか。
そんな事を思っていた。

383:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 21:08:40.05ID:m0gBmCcx.net
話が終わると、奈央が勢い良く「集合!」と叫んで、部員たちが集まってきた。
そして、先生が産休に入ること、
俺が臨時のコーチ役をすることが伝えられた。

先生の産休は大会の前のこのタイミングになってしまったとは言え、
部員たちにも大方予想がついていた事のようで、
みんな「先生お大事に!」とか「頑張ってね!」とか言っていた。

かくいう俺の方は未知数のようで、取り立ててリアクションもなかった。
一斉にお辞儀をして「よろしくお願いします!」と言われて、
それが照れくさくて仕方がなかった。

384:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 21:11:11.48ID:m0gBmCcx.net
集合が解かれると、簡単なウォームアップがあって、各々が対人を始めた。
先生に「見てあげて」と笑顔で言われて、俺は「はい」と答えて、
対人をしている様子を見て回った。

対人を見ていれば、フォームの癖とか、
トスアップの精度とか、基本的な事がわかる。
全体的に悪くはないし、女子なので基本はしっかりできていたが、
やはりそこまで上手い、というわけでもないなと感じた。

奈央は自分の事を「上手くない」と言い切っていたが、
この中ではキャプテンを務めることもあって、やっぱり頭一つ上手いように見えた。
「はい!」と掛け声をあげて、ひときわ頑張っているようにも見えた。
バシン、というボールを弾く音と、キュキュキュ、
とシューズの擦れる音が響いて、心地よかった。

385:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 21:12:34.67ID:m0gBmCcx.net
奈央が「3メンするよ!」と叫ぶと、
「はい!」と掛け声が上がって、コートの中に3人が入った。
俺はコートの中央に誘導され、ボールを出すように言われた。

見知らぬ女子が3人、俺の方を見て真剣に構えていた。
割と力を込めてボールを打ったが、綺麗にレシーブが上がってトスが返ってくる。
「やるな」と思って、今度は後ろのコースへ打つ。
綺麗に上がって、またトスが返ってくる。

386:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 21:29:52.01ID:m0gBmCcx.net
俺はテンションが上がって「いいねぇ!」と叫んだ。
3人は「来い!」と声を張り上げた。

少し意地悪をして、今度はレフト方向からインナーへきつい球を打った。
反応はしたものの、手元がおざなりになって、ボールはコート外へと飛んでいった。
俺は「なるほど」と思って、瞬時にアドバイスをした。

俺「基本はできてるから、自分のとこに飛んできたボールは綺麗に上がるけど」
俺「きついコースや、予想外の所に飛んで来ると、上手くいかないね」
俺「いつでもひじを曲げないで、綺麗に面を作って受けることを意識してみて」
俺がそういうと、ミスをした子は顔をあげて「はい!」と構えた。

388:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 21:34:37.06ID:m0gBmCcx.net
「いいやる気だな!」と思って俺も再びフェイントのような球を同じコースに出した。
素早く動いて、綺麗にボールが上がった。
手前にいた子が「オッケイ!」と言ってトスを上げる。

そのまま、後方にいた子に向かってレフトからのウイングスパイクを想定した球を打つ。
バシン、と無回転で綺麗に上がって、再び流れるように俺の方にトスが返ってくる。
コーチ役だというのに、俺は楽しくなって無我夢中になった。

「ああ、これはバレーだ」
「仲間に囲まれて、声を上げて、無心にボールを追いかける、これだ…」
とそんな気持ちが込み上げていた。

390:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 21:48:47.65ID:m0gBmCcx.net
休憩時間になると、すっかり俺も汗だくになっていて、
腰に巻いたコルセットが蒸れるのが気になった。
腰に少々違和感はあったものの、結構動いた割にこんなものか、とも思えた。

簡単な休憩が明けると、奈央が勢いよく「サーブカットいくよー!」と声を上げた。
「はーーい!」と掛け声が溢れて、皆コートの中へ並ぶ。
俺はその様子をコート外から眺めていた。

「いきまーす!」「こい!」「ナイスカットー!」と声が止むことはなく、
女子とは言え賑やかでやる気のある部だなぁと思った。
全体的な力は強豪に比べればそこまでではないと思ったが、
チームとしての雰囲気はとても良かった。
この中でキャプテンをやっているのだから、やはり奈央は頑張っているのだな、と思った。

391:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 21:54:48.16ID:m0gBmCcx.net
サーブカットの後はスパイク練習だった。
椅子で座っていた先生に「スパイクはよく見てあげて欲しい」と言われたので、
俺はネット近くの邪魔にならない位置に立って、フォームなどをよく観察していた。

数人は、しっかりとミートして打てていたが、他の子は高さも足りず、
ボールを最高打点で上手く捉えられていないようだった。

俺は「ちょっといいかな」と言ってすぐに皆を集めた。
奈央が「集合!」と声をかけて練習が中断された。

392:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 21:59:27.27ID:m0gBmCcx.net
俺「みんな、スパイク打つ時に一番大事なのは何か分かる?」
俺がそう質問すると、答えづらいのか誰からも返事が返ってこなかった。

奈央が小声で、「高さ…?」と答えた。
俺「うん、高さも大事。でもいくら高くても、タイミングが合わなきゃ良いスパイクは打てないよね」
俺がそう言うと、みんなうんうんと頷いて納得しているようだった。

俺「奈央、一回打ってみて」
奈央がなかなか良いスパイクを打っていたので、俺は手本を促した。
俺が下投げでボールをトスアップすると、
奈央は高く跳んでネットの向こう側にバチン、と良いスパイクを打った。

俺が笑いながら「ナイスキー」と言うと、他の子たちも少し笑った。
打ち終わった奈央は、心底恥ずかしそうにして自分の服を引っ張っていた。

393:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 22:02:09.09ID:m0gBmCcx.net
俺「奈央のスパイクの良いところは、滞空時間だよ」
俺「滞空時間が長ければ、ボールを一番高い場所で叩きやすくなる」
俺「それに、相手のブロックがよく見えるし、もっと言えば相手のコートの状況まで見えてくる」
俺がそう話すと、みんな目を輝かせてこちらを見た。

俺「スパイクで一番大事なのは滞空時間なんだ。それを意識すれば、かなり変わるよ」
俺がここまで話して、一人の女の子が申し訳なさそうに「あの…」と声を上げた。
「どうしたら、滞空時間を上げることができますか?」

俺は待ってましたとばかりに、この質問にすぐに答えた。
俺「ワイヤーだよ。ワイヤー」
俺がそう言うと、みんなぽかんとして首を傾げた。

394:名も無き被検体774号+@\(^o^)/: 2015/11/08(日) 22:09:44.07ID:dIZudz9o.net
ワイヤー??(´・ω・`)

396:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 22:49:22.40ID:m0gBmCcx.net
俺「自分の頭のてっぺんに、ワイヤーが付いてるって想像してみて」
俺「そんで、ジャンプした瞬間に、真上に思いっきり引っ張られてるってイメージするんだよ!」

俺が自分の頭の上で引っ張られているようなジェスチャーをすると、
みんなもマネして頭の上に手をやって、ワイヤーのイメージをし始めた。
俺が笑って、「そうそうwイメージが大事なんだ」とスパイク練習を再開した。

397:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/08(日) 23:58:59.31ID:m0gBmCcx.net
勢い良く、「じゃ、いくよーー!」と叫ぶと、
それに呼応して「はーい!」という掛け声があった。

アドバイスをしたが、やはり上手く打てているのは先程と同じ子たちで、
上手くいかない子は、なかなか上手くいかない。
でも、何人かは打ったあとに感覚を掴んだようで、「何か違うかも」と言って、
笑顔で何度もスパイクのフォームを素振りで繰り返していた。

俺はそれを見て、「いいよ!」と笑顔で声援を送った。

401:名も無き被検体774号+@\(^o^)/: 2015/11/09(月) 02:36:36.00ID:J398Zptu.net
久しぶりに良スレに出会えた気がする

405:名も無き被検体774号+@\(^o^)/: 2015/11/09(月) 11:10:33.31ID:qK9M1gqf.net
読ませる文章だなあ、実に心地よい

414:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/10(火) 00:56:51.87ID:VI45BVFQ.net
俺がアドバイスをしたからと言って、
それはあくまで理論的・コツにすぎないものであって、
すぐに何か変わるというワケでもない。

ただ、上手くなれたり、何かに気づく「きっかけ」にはなってほしいと思った。
自分が選手だった時にも、「気づくのはいつだって自分。自分で気づいてから上手くなる」
とよく言われたものだった。
だから、この子たちが自分で気づいて上手くなるきっかけになれれば良いと思った。

もちろん、女子の指導などは今までに一度もしたことがなく、
自分の教えていることが本当に正しいかの不安もあった。
でも、この時の俺は、ただ今自分ができること、伝えられることを、
精一杯にやってあげようとだけ思っていたのだ。

415:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/10(火) 00:58:27.79ID:VI45BVFQ.net
その日の奈央は調子が良かった。
何度も何度もスパイクを軽快に打っては、
「ワイヤーって聞いてから、ジャンプがしやすくなった気がする!」
と、笑顔で駆け回っていた。
このスパイクの練習から、チームみんなの笑顔が増えたような気がした。

そのあと、レギュラーメンバーがコートに入って試合形式の練習が行われた。
真面目にやっていながらも、終始笑顔が溢れていて、厳しすぎることもない。
その様子を、顧問の先生は椅子に座って笑顔で眺めていた。

「いい部活だな」
奈央がこの部活に最後までいたい、という気持ちもよく分かる気がした。

416:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/10(火) 01:05:52.18ID:VI45BVFQ.net
俺が高校の時のチームも、こんな感じだった。
いや、もっと厳しかったが、雰囲気は似ていた。

あの時は、楽しかった。
みんなで夢に向かって、夢中で頑張っていたあの日、
俺も今の奈央たちと同じような景色を眺めていたんだ。

夢というのは、そこにあって、追いかけるものだ。
それが叶う叶わないではなく、追いかけることに意味があったのかもしれない。
一つの夢が終わってしまったら、また新たな夢を見つける。
もしかしたら人生は、そうやっていくつもの夢を追いかけていくものかもしれない。

417:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/10(火) 01:14:59.73ID:VI45BVFQ.net
俺はボールを叩きながら、体育館の格子窓から外を見てみた。
正午過ぎの真っ白な光が、校舎と校庭を包んでいた。
校庭では、サッカー部とハンドボール部が掛け声を上げていた。
その手前の校舎に続く道を、数人の生徒が歩いている。

俺は、やっぱりバレーがしたいんだ。
どんな形であれ、バレーのそばにいたいんだ。
今日、奈央の部活に来たことで、俺は自分のそんな気持ちに気づき始めていた。

418:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/10(火) 01:23:39.10ID:VI45BVFQ.net
帰り際、歩くのも大変そうにしている先生に、
「明日から、よろしくお願いします」と頭を下げられ困ってしまったが、
「はい、しっかり頑張ります」と力強く答えた。

体育館から出ようとすると、奈央に呼び止められた。

奈央「ちょっと、帰り道分かんの?」
俺「あ…ちょっと自信ないな…」
そういうと奈央はあからさまにしかめっ面になって、
「やっぱりー?もう、めんどくさ…」と言った。

419:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/10(火) 01:27:14.72ID:VI45BVFQ.net
奈央「このまま友達と図書館行こうと思ってたのに」
俺「まあ、どうにかなるよ。大丈夫」
奈央「いや、絶対迷うって。駅まで戻れないよ多分」
そう言うと奈央は部活の子たちの所へ行き、「一回帰ってすぐ連絡する」と話していた。

駐輪場で奈央に、「絶対今日で道覚えてよね」と釘をさされた。
奈央と二人で自転車に乗って校門を出た。

瞬間、また空気が変わった気がした。
なんというか、時間の流れが元に戻った、そんな気がした。
振り返ると正面には校舎、横には先程まで俺がいた体育館があった。

420:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/10(火) 01:33:25.82ID:VI45BVFQ.net
奈央「今日は調子が良かった」
少し先を行く奈央は、ごきげんな様子だった。
夏の太陽を思い切り浴びる中走っているというのに、元気そうだった。

俺「やっぱり、エースじゃん。上手いと思ったよ」
俺がそう言うと、振り返って「本当?」と笑みを浮かべた。

奈央「あの、ワイヤーだっけ!あれは面白かった」
俺「あー、あれね。あれは俺が中学の時の先生に言われたんだ」
俺「あれを聞いてから、スパイク打つのが楽しくなってさ」
俺「それをみんなにも味わって欲しかったから」
俺がそう話すと、奈央はにやにやと笑った。

421:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/10(火) 01:59:41.65ID:VI45BVFQ.net
奈央「今日は楽しかったなぁ」
俺「良かった。やっぱり、部活は楽しいのが一番だと思うよ」
奈央は、笑顔で黙って頷いた。

奈央「来てくれて、ありがとう」
俺「え?」
俺がそう聞き返すと、奈央はもう答えることもなく、
「ここからは坂道だから辛いよ!」と言って先に走っていってしまった。
木陰に入ると、遠くからツクツクボウシの声がした。

433:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/10(火) 22:35:29.00ID:bbahwOnm.net
俺は、次の日も奈央の部活に行った。
もう顧問の先生の姿はなく、俺と3年生が中心になって練習をすすめた。

管理ということで、バスケ部の先生が体育館の管理室に居てくれた。
半面は、バスケ部の男子が使っていたのだ。

434:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/10(火) 22:36:36.68ID:bbahwOnm.net
その日も練習は好調で、
俺のアドバイス一つ一つをひたむきに受け止めてくれるのが、とても嬉しかった。

一人の2年生の子に冗談まじりではあるが「1さんが来てくれてホント助かった!」と言われて、
照れくさくて、でも感激した。
千景、という女の子だった。
ショートカットで淡褐色肌の、元気の良い子だった。
奈央以外で、この子が一番俺に懐いてくれていた。

435:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/10(火) 22:40:53.77ID:bbahwOnm.net
この部の中にも、段々と溶け込めてきたんだなって実感できた。
このまま夏季大会まで、何もかもが上手くいって、
奈央の部活は大団円を迎えるんだろうな、と思っていた矢先。

大会まであと数日という日に、思わぬ出来事が起こった。

436:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/10(火) 22:43:42.76ID:bbahwOnm.net
その日俺は、午前中から奈央の部活に行った。
みんなも、俺も、すっかり慣れてきていて、
その日もいつも通りに部活が始まって、問題なく練習が進んでいた。

でも、朝から奈央の様子がちょっと変だな、と感じていた。
もちろん一番最初に部活に来て(奈央はいつもそうだった)
いつも通り精一杯声を上げて頑張っていた。

でも、心なしかいつもより笑顔が少ない気がした。
それを感じ取っていたのは俺だけではなかったらしく、
何となく部活全体に、不安な雰囲気が漂っている気がした。

437:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/10(火) 22:46:37.96ID:bbahwOnm.net
奈央に笑顔が少ないと、自然とチーム全体の笑顔も減っていく。
今まで、この部の雰囲気を作っていたのは、
奈央の笑顔だったのかもしれない、と俺は感じた。

スパイク練習になると、それはより如実になった。

いつも調子よく決まる奈央のスパイクが、この日は全然決まらなかった。
何度やっても、ネットに引っ掛けてしまった。
奈央自身それが納得できないようで、悔しそうな顔をしては下を向くだけだった。

失敗しても明るい、いつもの奈央ではなかった。
それに呼応してか、他の子たちの調子も良くない方に向いている気がした。

438:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/11/10(火) 22:51:21.89ID:bbahwOnm.net
ここまでくると俺も心配になって、スパイク練習の列に並んでいる奈央に声をかけた。
俺「調子悪そうだけど、大丈夫?」

俺がそう言って励まそうとしても、奈央はただ「うん」と言うだけだった。
何かがおかしい。それはもう明らかなことだった。

休憩時間に他の部員に、「奈央は大丈夫?」と聞いてみても、
「今までにあんまりこういうことはなかったです」と動揺していた。
その間も奈央は、体育館のすみに座ってタオルを被り、俯いていた。