女旅人「なにやら視線を感じる」→そこからゾッとする展開に・・・

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131 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 02:18:51.14 ID:fNXhvYIy0
ところで彼女は何故今 此処にいるのだろうか。
城に入っていくところは見た。 今は祝勝会の真っ最中ではないのか。
今の彼女の服装からして参加はしていたのだろうが――
彼女「……なんだ」
俺「あ、いや、」
しまった、無意識のうちに見てしまっていたか。 急いで逸らし、壁のシミを見る。
しかし見るなと言うのも無理な話だ。 横のテーブルの酔っ払った親父より
目の前の可愛い姉ちゃんに視線が流れてしまうのは当然なこと、仕方が無い。

132 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 02:25:33.09 ID:fNXhvYIy0
先ほどの「なんだ」を言うために顔を上げた彼女はそれからまた酒に目線を戻す
……のではなく、何かに気付いたかのように俺の顔をじっと見つめた。
な、何ですか顔に何かついてますかそんなに見られると緊張して吐きそうになります
彼女「お前、以前どこかで会ったことがあるか?」
俺「せせ戦場で……」
彼女「それ以前、だ」
いや俺はそりゃあもう会ったとかそういうレベルじゃなくて1ヵ月ずっと同じ時間を
過ごしていたわけですからそう思うのも当然ですが貴女がそう思うのならそれは
人違いだと思います というかそうでないと俺が困るのです非常に

134 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 02:33:18.67 ID:fNXhvYIy0
彼女はしばらく、チーズをつつきながら記憶を巡らせていた。
俺はずっと想い続けた女性が目の前に居るというのに脂汗が止まらない。
そして、「ああ」と思い出したかのように声をだした。 俺もここまでか!
彼女「行き倒れたことがあるだろう」
しばしの間の後、間抜けにも「へ」という言葉しか出なかった。
彼女「秋口、西にある商業が発達した町の目の前でだ。 覚えは無いか」
職業柄行き倒れそうになったことは多々あるが、
秋に、町の目の前で倒れるなど――思い当たるのは一度しかない。
まさか。

135 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 02:36:21.39 ID:fNXhvYIy0
俺「助けてくれたのは男だと聞いた」
彼女「ああ、実際助けたのは私の部下だ。 甲斐甲斐しい奴だ。
私は金こそ払ったものの行き倒れなぞ放っておけという立場だった」
俺「そ、そう、なのか……」
思わず笑みがこぼれる。 そうか、彼女(とその部下)が俺を助けてくれたのか。
もしかしたらあの時最後に見た、彼女と親しげに話す男――それが部下だったのかもしれない。
だとすれば彼女に男は居ないと考えてもよいのではないか。
すまない部下よ、俺は早とちりしていた。 あんたを恨むことなどなかった。
何度も何度も藁人形に釘を打ったこと、できれば許して欲s
彼女「ちなみにその部下というのが、お前が私の前に戦った奴だ」

137 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 02:43:00.18 ID:fNXhvYIy0

そういった瞬間、ボサボサの頭をした男の表情が固まった。
唇をわななめかせ、そして手で顔を覆った。
ボサボサ頭「……貴女に謝らなければならない。 彼にも侘びをいれたい」
思わずきょとんとしてしまう。
そしてくつくつと笑いながら「お前本当に傭兵か」と言った。
私「あいつも恩を着せようとした訳ではないし、戦場での斬った斬られたは恨みっこなしだ。
詫びることも謝ることもなにもない。 あいつが腕を失ったのはあいつが弱かったからだ」
何故か男を慰める形になってしまったが、男は黙ったまま動かない。

140 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 02:50:30.14 ID:fNXhvYIy0
私「……恨みはしない。 ……が。 あの時の戦い、お前は手を抜いていた。
敢えて、殺さなかった。 これがあいつにとって、どれ程の屈辱だったか分かるか」
私「その後私がお前に戦いを挑んだ理由――
お前の、貴様のその中途半端な態度が気に食わなかったからだ」
私が本陣に戻り医務室を訪れた時、部下は力をなくした目で、
「もう戦うことはできません、せめて貴女の手で殺してください」と言った。
戦場で死ぬことを許されなかった戦士の、なんと無惨なことか。
ボサボサ頭「……すみませんでした」
男の目は赤かった。 ……なんというか、拍子抜けした。
もう一度「お前本当に傭兵か」と訊くと、「さぁ」と力ない返事が返ってきただけだった。

141 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 02:56:07.11 ID:fNXhvYIy0

店員「……さん! お客さん! 閉店だよ、起きて!」
垂れた涎が接着剤となり、机と頬を一体化させていた。
それをベリベリと剥がし、目脂を除いて目を開くと困った顔をした店員が居た。
俺「ふぁれ、彼女……隊長さんは」
店員「とっくに帰られました。 お代も貰ったから、あとはあなたが帰ってくれれば」
箒で尻を叩かれるようにして店から追い出された。
お客様は神様じゃないのか! なんたる接客か!

142 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 02:58:11.06 ID:fNXhvYIy0
町に朝を告げる鐘が鳴り、頭にぐわんぐわんと響く。
イラつくほどに清々しい朝日に照らされながら、とっておいた宿があるであろう道を歩く。
いつの間に寝てしまったのだろうか。
彼女が俺に説教したことは覚えている。 そして俺が気に食わないと言ったことも。
目の前でそんなことを言われて多分泣いてしまったんじゃないかと思う。
ママに言われたが、どうやら俺は酔いすぎると感傷的になってしまうらしいのだ。
彼女に会ったことで酔いが醒めたと思ったが、身体はそうでもなかったようだ。
頭が痛い。 ああこれは二日酔いだ。 だから今も感傷的なのかもしれない。
現在 猛烈に死にたい気分だ。

144 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 03:06:52.79 ID:fNXhvYIy0
ふらふらと宿の階段を上り、ベッドに倒れこむ。 薄い枕に顔を埋め「ああああああああ」と叫ぶ。
枕どころか壁まで通り抜けて隣の部屋まで聞こえているだろうが構うものかそんなこと。
叫んでいると激しい吐き気を催した。
急いで共有トイレに駆け込み、中身を戻す。 他の誰かが朝のおはよう一発目を済ませた直後らしく、
肥壷の底からもんもんとあふるるその匂いと生温かさは吐き気を更に促進させた。
だれか優しく俺の背中をなでてくれ、と感傷に浸っていると、扉がドンドンと叩かれ
「さっさと出ろ後ろが閊えてるんだ」と男の声が聞こえた。 なんて空気の読めない男だ。
こいつには紙の裁きが下るであろう。
尻を拭くために用意された柔らかい藁全てを持って、トイレから離れた。

145 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 03:07:55.47 ID:fNXhvYIy0
その後しばらく寝てから、何もすることが無いので町をぶらぶら歩くことにする。
しかしすぐに疲れたので広場のベンチに腰掛けた。
そしてどうやって死のうかと、ぼーっと考える。
用水に顔をつっこんで溺死しようか。
だめだ、糞尿で臭くて顔を突っ込む勇気が無いし、第一深さが足りない。
馬車に轢かれてしまおうか。
いやそれでは死ねない、全身打撲とかでただ痛い思いをするだけだ。
酒を浴びて火を点けようか。
却下。 目の前で焼け死んでいく様子を見たことあるがあれは最後の最後まで苦しそうだ。
あーでもないこーでもないと出てきた案を次々に潰していく。
自分に刃を向けようかという考えは最後まで出なかった。
結局自分に何が足りないかというと、自決する勇気である。

146 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 03:08:47.98 ID:fNXhvYIy0
そんなことを考えながら、前も同じように死のうとしていたことがあったことを思い出した。
何故死のうとしていたのかはよく思い出せないが、ただ一つ分かっていることがある。
そんな思いを俺からぶっ飛ばしたのが、彼女であること。
あの時偶然に俺の視界に入った彼女が、俺を絶望から救い、
そして彼女自身が希望となって、俺をここまで奮い立たせた。
俺は彼女を女神のように崇めた。
――そうだ、考え直せ。
只の農民の子たる俺が神と言うべき彼女に近付こうなどできるわけがないのだ。
羊は所詮羊飼いに飼われる存在、もちろんラム肉として食されるのであればそれもまた本望なのであるが、
恋愛に関してはアウトオブ眼中、たかが羊が神とねんごろになる夢を見るなどおこがましいと思え!

147 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 03:09:34.42 ID:fNXhvYIy0
それに前言ったではないか、例え彼女に嫌われたとしても、
彼女が笑顔になれるのなら、彼女が幸せになれるのであればそれでいいと。
俺はずっと影から彼女を見守れば良い。 期待など抱いてはいけないのだ!
俺は立ち上がる。 そして向かおう彼女の元へ!
嗅覚と聴覚を極限まで集中させろ。 彼女の匂い。 汗の匂い。 髪の匂い。
彼女の呼吸、出来るだけ鳴らさないように工夫された静かな静かな足音――
ずっとずっと彼女を追いかけていたではないか。 分からないはずがない!
復ッ活ッ! 俺復活ッッ! 俺復活ッッ!
なお、俺は影から彼女を応援する、とても純粋なサポーターなだけであり
決してストーカーではない。 勘違いをされてはいけないので、再三再四。

148 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 03:10:37.34 ID:fNXhvYIy0
早々だが、大きな壁に直面した。 物理的にも比喩的にも。
ちょっと考えれば分かることであるが、彼女は騎士なので宮廷暮らしだ。
当然、城壁と見張り塔が建てられ、彼女に近付くどころか敷地内に入ることもできない。
忍び込むにしても、この宮廷の構造はよく分からない。
また、宮廷内では食事と酒が与えられ、十分に運動する施設も娯楽もある。
そんなところからわざわざ彼女が外に出る必要があるのだろうか。
昨日の酒場の常連客だとしても、彼女は目立つから多く来ている様に思えるだけで
実際はそんなに行っていないのかもしれない。 俺が毎日行ければいいのだが、そんな余裕は無い。

149 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 03:11:08.82 ID:fNXhvYIy0
出鼻をくじかれた。
どうすっかなーと手をズボンのポケットに突っ込む。
ガサリ。 ……ガサリ?
この音には聞き覚えがある。 紙が――それも小さな紙が、くしゃっと潰れるような音。
嫌な予感しかしない。 なんだ。 もしかして、ママからの不吉な手紙第二段が
この何ヶ月もの間ずっとこのポケットに入っていたとでも言うのか。
生唾を飲む。 ケツの毛を毟られるどころの話ではなくなるかもしれないが、意を決して。
震える手で紙を掴み、そして開く。

150 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 03:12:11.13 ID:fNXhvYIy0

面倒な仕事を片付けてから、宮廷を出ていつもの酒場に向かった。
昨日ほどには込んでおらず、空いている席はちらほら見える。
店員「今日も来てくれたんですかぁ、ありがとうございます! 席はこちらに――」
私「いやいい、すぐに帰る」
空席に案内しようとする店員を制し、店内を見回す。
昨日と同じ場所にボサボサの頭を見つけ、そこに足を向けた。
私に気付いたボサボサの頭をした男はすっくと立ち上がり、緊張したような面持ちで深々と頭を下げた。

151 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 03:12:53.25 ID:fNXhvYIy0

ポケットに入っていた紙には、初めて見る字で「日暮時に同じ場所で」と書いてあった。
よく考えれば、このズボンを買ったのはこの町に来てからだ。 ママのはずがない。
ということは、ポケットに物を忍び込ませるチャンスがあるのは彼女だけということになる。
彼女の直筆。 家宝にしよう。
これを読んだ瞬間、俺は言い表せないほどのわくわくと不安に駆られた。
俺が彼女と親密な関係になることを諦めた矢先の事である。 いったい何が始まるんです?
もしかして俺、殺されるのではないか?
様々な期待と不安を抱きながら、とりあえず遅刻してはいけないと思い
日が暮れる前の、日時計で言うところの2時間前に店に到着した。
店は開いておらず、店の前で1時間待たされた。

152 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 03:13:26.31 ID:fNXhvYIy0
席について考えた。
彼女が俺を殺そうとここに呼び出しても不思議ではない。
恨まないとは言ったが、実際殺されそうになった+部下の無念を晴らす=殺戮という方程式しか見えない。
ただ。 万が一、万が一だ。
万が一ということは、万が9999は殺されるということですね、俺が。 だって論理的にそうなるじゃないですか。
残りの1で彼女が俺と話したいと思って呼び出したとしたら、俺はなにか気の利いたことが言えるだろうか。
世の女性にモテる男いわゆるリア充は、どのようにして女性を口説いているのだろうか。
女性とお付き合いした経験の無い自分には分からない。
とにかく、質問攻めにしてみよう。 時間はある、先に考えておけ。
ご趣味は。 好きな色は。 好きな食べ物は。 好きなリンゴ料理は。
何故俺をまた誘ったか。 何故昨日、祝勝会があったにもかかわらずここに居たのか。
騎士になる前はどんな生活をしていたか。 何故騎士になったのか。
ああ、昨日の酒代についてのお礼もしなければ――

160 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 07:43:11.79 ID:fNXhvYIy0
いろいろと考えたが、彼女の顔を見た瞬間頭が真っ白になった。
それに、どうやら俺とお喋りをしに来たわけではないらしい。
彼女「付いて来い」
俺の顔を見るなりそう言って、店を出てしまった。
急いで飲んでいた分の代金をテーブルに置き、彼女を追って店を出た。
追って見る、彼女の背中。 ずっと見慣れたものであったが、近くで見るのは新鮮だ。
歩くたびに髪が一本一本揺れているのが分かる。 その髪の残り香も――Excellent.

161 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 07:45:14.55 ID:fNXhvYIy0
彼女「この辺でいいだろう」
彼女に連れられた先は、町から少し離れた場所にある小高い丘だった。
人気は全く無い。 とても静かな場所だ。
俺「えっと……何する? んですか?」
彼女は「うむ」と頷き、そしてこちらに振り返った。
ふわっとなびく髪から現れた彼女の冷たい目は、真っ直ぐ俺を捉えていた。
彼女「お前に決闘を申し込む」

162 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 07:46:21.04 ID:fNXhvYIy0
俺「は、え? ま、待ってくれ、なんでそんな急に」
彼女「前は途中で邪魔が入った。 だから今、決着をつけようと言うのだ」
抜いた剣の切っ先はぶれることなくこちらを向いている。 彼女は本気のようだ。
しかし俺は、彼女とは、戦いたくはない。 どうする。 ここから逃げるか。
じり、と一歩下がる。
彼女「貴様はまた逃げるのか」
俺「え、あ……」
彼女「ならば剣を抜け!」

163 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 07:47:34.20 ID:fNXhvYIy0
彼女は戦士の誇りを重んじている。 特に、決闘においては。
戦場で彼女が俺に決闘を挑んだ理由は、俺の態度が気に入らなかったから。
部下との決闘で、俺が手を抜いて生かしたこと、それが――
彼女「貴様は昨日、謝りたいと、詫びたいと言った。 その気持ちが本当なのなら」
俺「!……」
確かに、そうだ。
俺は恩人に対する無礼を詫びなければならない。 償わなければならない。
剣を抜く。
次は、手を抜くことは許されない。

164 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 07:49:11.67 ID:fNXhvYIy0

剣を抜いた瞬間、表情が変わった。 まるで別人のようだ。
いつも泳いでいた目は、今は真っ直ぐこちらを見据えている。
静かで、それでいて全くの迷いの無い目――
こいつはおそらく、前の決闘で、私との戦いでも手を抜こうとしていた。
あの時剣が折れていなければ、私も腕を落とされていただろう。
もし本気になったのなら、きっと多くは受けきれない。
勝負は、最初の一手に賭ける。
焼けるように赤い太陽の光が横から差す。
風の音だけがさらさらと流れ、草木を優しく揺らした。
太陽は徐々に傾きを増し、影を伸ばしていく。
そして地平線に沈んだ時、夜を告げる鐘が鳴り響き――
同時に地面を蹴った。

165 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 07:52:32.74 ID:fNXhvYIy0

結果から言うと、勝負は一瞬でついた。 俺が勝った。
鐘がなった瞬間、彼女も同時に動き出した。
俺は上段から振り下ろす。 彼女はそれを読み、打ち落とし、そのまま一撃を食らわそうとした。
しかし俺の、力に任せた剣はそうはさせず、彼女の剣を叩き折り、
そして彼女の首元――ギリギリのところで、止まった。
俺「首取った」
しばらくの間の後剣を下ろし「ぶはぁ」と今まで溜めていた息全てを吐き出した。
一撃に集中しすぎた、鼻血が出そうだ。

166 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 07:54:09.42 ID:fNXhvYIy0
彼女の目は見開かれたまま動かない。
ぺたんと地面に座り、震える手から、折れた剣が零れ落ちた。
やりすぎてしまったかもしれない。
心配して顔を覗き込むと、彼女は可笑しそうにくつくつと笑い始めた。
彼女「くっく……はは、ははは! なんだ、お前、本当に強いんだな」
俺「いやぁ、それほどでも」
彼女「謙遜するな。 それとも今のも本気ではなかったか?」
俺「そんなことは。 全力で、負かしてやろうと」
彼女「ならばよし」

167 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 07:54:56.15 ID:fNXhvYIy0
彼女は膝を抱えてちょこんと座った。 なんて可愛らしいんだ。
そして地面をぽんぽんと叩き、横に座るように促した。
いいいいのか? いいのか!? かかかっかか彼女の横に座っちゃっていいのか!?
いや彼女がそう言っているんだ、お言葉に甘えて座るべきだろう! そうだろう!
この巡ってきた奇跡ともいえるチャンスをみすみす逃してなるものか!
ただし息子よ、出来るだけ冷静であれ。 興奮しては、また彼女を失望させてしまう。
大きく深呼吸し、緊張しながら、彼女の横に、座った。
彼女「……なんで正座なんだ」
俺「いややっぱり貴女や彼に申し訳ないと」
彼女「だから、もういい」

169 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 07:58:13.28 ID:fNXhvYIy0
正座を崩し、胡座をかく。 草木がさらさらと揺れる。
彼女はそれを毟り、そして手を放して宙に舞わせた。
彼女「解せんな。 お前ほどの実力があれば騎士団に入ることも容易いだろうに」
俺「まぁ、契約の延長じゃなく、正式に入団の勧誘も何度かはあったけど……」
彼女「ならば何故。 傭兵で埋もれるには勿体無い。 金にも困るだろう」
俺「そうなんだけどなぁ。 ……騎士様の前で言うもんじゃないけど、面倒臭そうだし」
彼女「面倒、か。 ……そうか。 そうだな」
妙に納得したようにうんうんと頷く。
「本当に、面倒だ」と呟き、そしてまた草を毟って放すを繰り返した。

170 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 07:59:31.46 ID:fNXhvYIy0
そのままぼーっと何も話さないまま時間が過ぎた。
彼女は膝を抱える腕に顎をのせ、飽いた左腕では未だに草を毟り続ける。
俺はそんな彼女の様子を見て、可愛いなぁとずっと思っていた。
空には星が目立ち始めた。 彼女は「さて」と立ち上がる。
彼女「そろそろ、戻るか」
なんでも最近夜になると狼が現れ、商人が襲われる被害が続出しているらしい。
彼女は町に向かって歩き始めた。 俺も立ち上がり、尻についた草や土をぱっぱと掃う。

171 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 08:07:42.17 ID:fNXhvYIy0
夜の街は仕事終わりの男たちで賑わう。
そんな中を彼女と並んで歩いているのだ。 これは大きな進歩と言えよう。
俺「えっと、宿、この辺なんだけど」
ここで彼女が「酒を飲みに行かないか」と言ってくれる事を期待していたが、
興味無さ気に「そうか」と言われるだけだった。 そうだった、期待してはいけないんだった。
小さくなっていく彼女の背中を見て、ある事を言い忘れていたのを思い出した。
俺「昨日、奢ってくれてありがとう」
彼女は立ち止まってこっちを見た。
そしてしばらく考えた後、小さな声で、だが確実に、こう言った。
彼女「また、奢ってやる」
かくして、俺は彼女の「飲み友達」の称号を得たのである。

176 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 08:50:20.26 ID:fNXhvYIy0

ボサボサの頭をした男と決闘をした夜以来、そいつとはよく共に酒を飲む仲になった。
頻度は週に一度程度。 あらかじめ都合の良い日を伝え、その日に会う、という感じである。
もちろん急に仕事が入る場合もあり、そのときは素直に「すまんかった」と言う他無い。
酒は基本的に、私がキープしている樽から注いで飲んでいるが、ある日あいつはビールを頼んだ。
私にはビールを飲んだ経験が無く一口だけ貰ったことがあるのだが、どうも口には合わなかった。
酒を飲んでいる間、あいつは私に、自身の経験を色々と話して聞かせた。
女に振られて家出したこと、初めて傭兵として戦った時のこと、
戦から逃げるつもりがいつの間にかしんがりになっていたこと、
クマに襲われ食料全てを奪われたこと、それが原因で死に掛けたこと――

177 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 08:51:32.42 ID:fNXhvYIy0
そのような話の流れで「貴女はどこの生まれなのか」と訊かれたことがある。
相手はただの傭兵であるし、別に隠す必要性も見られなかったので正直に言った。
私「どこで生まれたのかは知らん。 物心ついたときには奴隷として売られていたからな」
ボサボサ頭「え、うそ、奴隷? 意外だなぁ」
私「だからろくな教育も受けなかった。 まだ、字を書くのは慣れない」
これは言うべきことじゃなかった。
前にポケットに忍ばせたメモに書いた字を、酷く馬鹿にされたような気がした。
尤もこいつに悪気は無かったようなのだが。
また、お互いに全く話さないという日もあった。 ただ共に酒を飲む、というだけの。
いやむしろ日数的にはそっちの方が多かったように思う。
こいつも無言の間を無理やり埋めようとするタイプの人間ではないらしい。

178 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 08:52:30.64 ID:fNXhvYIy0

あれ以来彼女とは週に一度、多くて二度ぐらいの頻度で共に酒を飲むようになった。
もちろん彼女は騎士で忙しくて当然だから来れない日もあったが、それでも俺は嬉しかった。
常ではないが定期的に、彼女を間近で見ることができるのだから当然である。
本当に、彼女の守護神だとかサポーターだとか言っていた日が懐かしく思える。
彼女は傭兵である俺に気を使ってか、彼女の酒を振舞ってくれていた。
しかし流石に毎回は悪いと思い、ある日自分の金でビールを頼んだら、
飲んだことが無いらしい彼女が興味を示し、なんと、俺のジョッキで、一口、飲んだのである。
不味そうに顔を顰めたがそんなことはどうでもいい。 彼女に「これって間接キスだよな?」って言ったら
……どうなるの?
とりあえず、その日彼女が帰った後、そのジョッキを買い取った。
これも家宝にします。 ありがたや。

179 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 08:54:28.87 ID:fNXhvYIy0
店員の姉ちゃんに「お二方はお付き合いになられてるのですか?」と訊かれたときは心臓が出かけた。
そうであれば心底嬉しいのだが彼女に失礼があってはいけないと、断固否定させてもらった。
彼女自身も「そんなわけあるか」と全く動揺せずに吐き捨てたし、俺に気など無いのだろう。
そうに決まっている、うん。 ……うん……。
彼女は「会話に間があるとどうしても埋めたくなる派」の人間ではなく、無言の時間も愛した。
何を喋ればいいのか解らない俺にとってそれ以上のことはないが、流石に毎回はどうだろうと思い
たまに、俺の経験してきた事を話した。 もちろん彼女の後を付いて歩いたことは話さないが。
多分、俺の話をちゃんと聞いてくれていたと思う。 「難儀だったな」と言ってくれたり、笑ってくれたりした。
尤もそれは鼻笑いや嘲笑いばかりであったが、たまに見せる笑顔が、たまらなく可愛かった。

180 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 08:55:41.09 ID:fNXhvYIy0
一度だけ、彼女の話を聞いた。
驚いたことに彼女は正規軍騎士で貴族という身分でありながら、出身は逃亡奴隷だったのである。
だから字を書くことが出来るようになったのは最近の事なのだそうだ。
書類などの文章は側近に任せ、サインだけは自分で書くという。
俺「へぇ、でも前貰ったメモ見る限り上手だと思う、可愛かったよ丁寧で」
ポケットに入れられたメモには、アルファベット一字一字丁寧に行書体で書かれていた。
俺は素直に褒めたつもり、だったが――飛んできたのは右ストレートであった。
彼女「う、うるさい! 自分の名前ぐらいは、筆記体で書けるっ」
初めて、顔を赤くした彼女を見た。 ムキになるその姿たるやまことに可愛らしく――
俺はその日息子との拮抗に負け、数年ぶりに床オナをした。
自身の不甲斐なさと後悔で枕を濡らした。

181 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 08:57:22.00 ID:fNXhvYIy0
しかし、幸せの日もそう長くは続かなかった。 俺の財布が悲鳴をあげたのである。
基本、飲む酒は彼女が買い溜めたものであるから酒場ではあまり金を使わないが、
長きに渡る宿代とママに返すための積立金、そして路銀のことを考えると
これ以上遊んでは暮らせないのである。
その旨彼女に伝えると、「そうか」と素っ気なく言われただけだった。
彼女の俺に対する思いを知った気がする。 なるほど、やはり俺は所詮その程度か。
……ア、アタイ、寂しくなんか、ないんだから、ね……!
とにかく、一ヶ月もの間居座ったこの町を誰の見送りもないままで旅立った。

182 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 08:58:16.38 ID:fNXhvYIy0

ボサボサの頭をした男はまた稼ぐために町を出て行った。
あいつは傭兵であるし当然の事だと思い、出て行くことを告げられた時も大して反応しなかった。
私には引き止める理由はないし、宿代をだしてやる義理もないのである。
あいつが居なくとも私の生活が変わるわけではない。
面倒な仕事を坦々とこなし、時間があればいつもの酒場のいつもの場所で酒を飲む。
どこかで大きな戦でもない限り、その繰り返しである。

183 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 08:59:41.59 ID:fNXhvYIy0
この日の夜も晩餐会があった。
息苦しくなるような衣装を身に纏い、息苦しくなるような場所で、抜け出したい衝動に駆られる。
主催者――国王陛下の乾杯の音戸の後、配られたワインを飲むフリをする。
私が兵団の隊長となり、爵位と騎士の号を得る際の祝勝会で、同じように渡された酒を
毒見として飲ませた使いが目の前で痙攣を起こして死んで以来、こういう場所では飲まないことにしている。
女でありながら騎士という身分を認めたがらない老害大臣達の白い目、
わらわらと集まり婚約とダンスを求め、断る毎に聞こえる貴族御曹司の陰口、
それに嫉妬した、着飾ることしか脳の無い貴族令嬢の嫌味――
いつまで経っても慣れることができない。
本当に、面倒で、つまらない。

185 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 09:01:17.45 ID:fNXhvYIy0
私にとって、この狭い路地にある酒場は唯一心の休まる場所だった。
この、少し汚くて、泥臭い雰囲気のこの場所が、自分を懐かしい思いにさせた。
そんな場所にあの男を誘うようになった理由は、自分でもよく解らない。
ただの気まぐれだったのか。
――いや。
あいつには、気を使わないで済む。 傭兵だから――だろうか。
よくは解らないが、あいつの話を聞けば、あいつが居れば、
私の中の言い表せないような怒りなどのもやもやが和らぐような、そんな気がした。
そんなことを考えてしまうのは、慣れないビールを飲んでいるからだろうか。
目の前の席には今、誰も居ない。