「どうしよう・・謝っても許してくれないだろうな・・」
もうどうするべきかわからなかった。
謝って許されるようなものじゃないってわかってた。
家出するか・・・
そんな事をうつむいて考えていたら
目の前で「カチャン!」と音が鳴った。
顔を上げるとテーブルに特大のおにぎりが二個。
きっちりのりも巻いてある。
母ちゃん・・・・?
さらに顔を上へと恐る恐る上げていく・・・
母ちゃんは俺と目線を合わせた・・・・
坂倉と同じく、つり目の母ちゃんの目が
ぐぐっと横に長く伸びた。
口角がくっとあがり、俺がよく知ってる
いつもの母ちゃんの笑顔がそこにあった。
母ちゃん「よし!とりあえず腹減っただろう!食べなさい!」
俺「え・・・?俺・・腹へってないんだけど・・」
母ちゃん「男だろ!まずは食べな!」
俺「いや・・・口の中切ってて痛いし・・」
母ちゃん「あらあら、1ちゃん。食べさせて欲しいんでちゅか~?」
俺「ば・・バカ野郎!一人で食えるよ。」
俺はいろいろと不安だったが
母ちゃんの笑顔を見て、ほっとした。
胸で暴れていた雷雲ののようなうなりがが
一気に消え去り、胸の中が解放され晴れ渡っていく・・・
嬉しくてちょっと泣きながらおにぎりを食べた。
一通り食べ終わると
母ちゃんは笑顔のまま俺に対峙し話しかけてきた。
母ちゃん「んで。何があってバカなまねしたんだ?
母ちゃんはおまえらが坂倉君の家に行って
お父さんに襲い掛かったとしか聞いてない。
理由を聞いてもおまえら全員しゃべらなくて
わからないと警察に言われた。」
俺「・・・・・・・・・・・・・」
母ちゃん「いつも言ってただろ?悪さするなら私の前でやれって。
約束守らないからこういうことになるんだ。」
俺「・・・・母ちゃん・・・・」
母ちゃん「・・・なんだ?」
俺「さすがに母ちゃんを「一緒にオヤジを殴りに行こうか?」って
誘えねえよ・・・」
母ちゃん「ぷっ!そりゃそうだ。
まあいい。理由を教えてみ?」
俺「・・・・・・・・・・・」
母ちゃん「母ちゃんにも黙るつもりか?」
俺「・・・・・・・・・・・・・」
俺は母ちゃんに言うべきか悩んでいた・・・
母ちゃん「お前には責任がある。私を巻き込んだのはお前だ。
私はお前を迎えに行った。
すぐに解放させたくて殴りつけたけど
私はお前を信じてる。信じてるからこそ
巻き込んだ責任として理由を教えてほしい。」
俺「・・・・・・・・・・・・・」
母ちゃん「心配すんな。お前がもし間違った理由で
今回事件を起こしてたら根性叩き直してやる。
私はお前を見捨てない。信用しなさい。
どんな理由があったってお前は私の子供だ。
最後まで私はお前の味方してやる。
だから理由を話してみろ。」
ずっと重い重い荷物を抱えてるようだった。
坂倉の虐待という荷物を抱え
本田に相談したという荷物を抱え
子供だけで大人を襲撃しに行くという犯罪行為を抱え
逆襲にあい、深く体と心に大人の恐ろしさを抱え
まだまだ子供だった俺には両手いっぱいしか持てない
荷物を肩に背負わされ、足にくくりつけられ
俺は身動きできなくなっていた。
どれもこれも俺にとっては大事な大事な荷物。
気安く誰かに預けられない。
重い重い荷物を背負ってきたけど
一番身近な人が一緒に背負ってくれると言ってくれた。
俺はこの身近な母に荷物を預けてみることにした。
俺は嬉しくて嬉しくて涙が出た。
嬉しいとこんなに涙が出てくるんだって
初めて知った。涙を流した重さの分だけ
体と心が軽くなっていくのがわかった。
俺は母ちゃんにすべてを話した。
坂倉がオヤジに虐待されてたこと。
実の母親に見殺し状態にされてること。
それをどうにかしたくて本田を誘い
坂倉の親父を襲撃したこと。
ビビって本田を見殺しにしたこと。
正座させられ蹴られ続けられたこと。
重い荷物を全部母ちゃんに預けた。
母ちゃんは何も言わずに全部聞いてくれた。
俺「・・・・ってわけで昨日捕まったんだ・・」
母ちゃん「・・・・・・・・・・・・・・・」
俺「・・・・・・母ちゃん?」
母ちゃん「・・・・お前は間違ってない!」
俺「へ?」
母ちゃん「いや~!母ちゃん安心しちゃったよ!
いくらお前がバカ息子って知ってたとはいえ
人様の家を襲撃したなんて聞いた日には
いよいよダムに車ごと沈んで心中しなきゃならないかなと
本気で思ったじゃない!いや~!命拾いしたわ~!」
どうも母ちゃんは信用してるといいつつも
俺がふざけた理由でやってたら
ダムに一緒に沈む気だったらしい・・・・
母ちゃん「しっかしまあ、ガキがいっちょ前に
かっこいいことしてんじゃない!
いい男に育った!母ちゃんの育て方、間違って無かったね!
まったく、母ちゃんに感謝しなさいよ~!
お前は間違ってないから大丈夫!
やったことは法律的にはダメかもしれないけど
人間として正解!大正解!賞金出しちゃう!
母ちゃんは認めるぞ~!!!」
なんだ・・・そのはしゃぎっぷり・・・
まるで漫談でもしてるようなハイテンションで
キャアキャア騒いで・・・・
こっちは理由はどうあれ、今も必死なのに・・・
母ちゃん「よ~し!んじゃ少し寝たら一緒に行くよ!」
俺「え?どこに?」
母ちゃん「サ・カ・ク・ラ・君の家よ♪」
俺「は・・・はぁ~~!!!??」
少し時が進む・午前9時 本田家
本田「うっせえな~!もういいだろ!
俺、ボコボコにされたんだぜ~!」
母「ロクなことしないガキだよあんたは!
ワケを説明しなさい!」
本田「うるせえうるせえ!男にはいえない理由があんだよ!」
母「なんだとこのガキャ!何が男だ!」
プルプルプルプル・・・・プルプルプルプル・・・・
本田「おい!母ちゃん!電話だぞ!」
母「わかってるわよ!そこにいなさい!逃げるんじゃないわよ!
ガチャ・・・もしもし・・・はい。あらあら~!
大変だったでしょ~?
・・そう・・そう・・そうなのよ~!
え・・・?うん・・・・うん・・・あら・・そうなの・・・
うん・・・うん!いいわよ!付き合うわ!
いくいく!」
本田は母の楽しそうな声を聞いて
余計にイライラしていた。
裏切られたとは思っていないが
自分だけ襲い掛かり首謀犯にされ
こっぴどく怒られたことに不満を感じていた。
ただ、父と母が必要以上に怒らず
いつものノリで少し明るく怒ってきたおかげで
なんとか精神的にキレずにいられた。
そこに母なりの気遣いを感じたが
自分が悩んでる事をつゆ知らず
どこかに遊びに行くと楽しそうにしゃべってる母が
本田の脳内を余計に沸騰させていた。
「今日はどっかで家を抜け出そう。
そして1の家に行こう。
謝ってもらわないと気が済まねえ」
ささいな母の電話が彼の機嫌を余計に捻じ曲げる・・
彼はそんな事を企みながら時間を過ごしていた。
時がまた戻る 午前5時半 1の家
俺「は・・・はぁ~?」
母ちゃん「だって聞いちゃった以上しょうがないでしょ~。
あんた坂倉君を助けてあげたいんでしょ?」
俺「当たり前だろ!」
母ちゃん「・・・・お前はよくやったよ。ホント。」
母の顔はさらに優しくなった。
さっきまでも優しかった。にこやかで見ている人を
幸せにさせるような明るい笑顔だった母。
しかしその微笑みは明るさをやや薄くし
代わりに目と頬にさらなる柔らかさと温かさを与え
子供を愛しむ母親の表情になった。
母ちゃん「母ちゃんは嬉しい。自慢の息子だ。
だから後は母ちゃんに任せておきな。
こっからは大人の役目。
あんたらは守ってやるから安心しなさい。
お前は坂倉君が好きなんだろ?」
俺「ああ・・・」
母ちゃん「じゃあ母ちゃんも坂倉君が大好きだ。
だから力を貸してやる。任せてくれるな?」
俺「・・・・・うん・・・・
でも・・向こうの親父・・・危ないぜ?大丈夫なの?」
その言葉を聞いて母ちゃんがニヤっと笑った。
母ちゃん「馬鹿だねあんた。女は男に勝てないと思ってんだろ~?」
俺「そりゃ男の方が力が強いし背も高いし強いだろ!」
母ちゃん「かぁ~!バカだねあんたは。女の方がね。絶対強いんだよ!
なんで母ちゃん見てて女の方が強いって気づかないかな~?
ま、見てなさい・・・ふふふ・・・」
母ちゃんは自信満々だった。
俺は不安だった。正直、今の俺でも
母ちゃんを組み伏せるくらいわけないと思っていた。
実際腕相撲しても握力を測っても
足の速さもすべて俺の方が上になっていた。
本当に勝てるんだろうか・・・
不安になりつつも心身ともに疲れ果てていて
すぐに眠りへと落ちて行った・・・・
目を開けると既に朝10時半をさしていた。
まだまだ寝足りない感じ。
しかし腹が減り俺は部屋を出て階段を降り
リビングへと降りて行った。
リビングに入ると異様な光景が目に飛び込んできた・・・。
そこには本田がソファーでくつろぎ
コーラを飲んで漫画を読んでいた。
俺「ほ・・本田~!?お前、大丈夫だったか?」
本田「大丈夫じゃねえよ!お前、ビビりやがったから
俺が主犯だ!とか言われてものすげえ警察に
怒られたんだぞ!」
俺「・・・・ホント悪かった・・・・
お前は作戦通りに行ったのに・・・・
俺、ビビっちまって・・・・ごめん・・・・」
本田「・・・んだよ。んなマジに謝られるとさ。
許すしかねえじゃん。それに俺もビビったし
・・怖かったな・・・あのオヤジ・・・」
俺「ああ・・・・怖かった・・・」
目をつぶればすぐに思い出せる・・
大人の腕力。どうあがいても離せない握力。
圧倒的な威圧感。
あがくことさえできずひたすら蹴られてたあの時間・・
思い出すだけで震えが出てきた。
本田母「ったく悪ガキ気取ってるくせに
弱っちいんだからバカタレ共は。
男なんだからしっかりしろまったく」
俺「あれ・・・?あばさん・・?一緒にきたの?」
母ちゃん「そうなのよ♪電話で誘っちゃった。
やっぱ一人でいくより二人がいいでしょ?
本田母が一緒の方が心強いし♪」
本田母「まったくめんどくさい事持ってきて。
ま、その坂倉君って子、かわいそうだ。
助けてあげなきゃいけないでしょ。」
前に書いたと思うが俺と本田は幼馴染。
と、いうのも本田の母ちゃんと俺の母ちゃんは
高校時代同級生のクソヤンキー仲間で
年がら年中うちにきたり本田の家にいって
酒を飲んでる間柄。
だからしょっちゅう泊まりにいったりきたりしてたのだ。
本田「びっくりしたぜ。俺、どっかで抜け出して
ここにきてお前に謝ってもらうつもりでいたら
いきなり「1の家に行くぞ」って言って
連れてこられたんだから。」
俺「いや、俺も驚いたって・・・・」
本田母「さて、3時にはあんたら警察行かなきゃいけないんでしょ?」
俺「うん。」
母ちゃん「じゃあ行こうか。今なら坂倉君のお父さんもお母さんもいるでしょ。
話しつけるにはちょうどいいわ!
じゃあ1。」
俺「なに?」
母ちゃん「フライパン持っておいで」
俺「は・・はぁ?なんで?」
母ちゃん「主婦がたまたまフライパン持って行くのは普通でしょ?」
本田「いや、おばさん・・・普通じゃないと思う・・・」
本田母「男のくせにこまごまとうるさいねあんたらは。
いいから持ってくりゃいいのよ!」
俺「もしかして・・・武器?」
母ちゃん「いいじゃない。こっちは女なのよ。
私も本田母もくたびれて、女の武器は使えないもの。
だったらフライパンぐらいいいじゃない♪」
本田母「私達は持たないわよ。えっと・・1!あんたが持ちなさい。
で、いい?もし襲われた時はフライパンで・・・」
俺「殴れ・・・と?」
本田母「そう。だけど気をつけてね。フライパンの面で殴ったら
面積が大きすぎてあんまり効かないのよ。
だから・・・こう。
(フライパンを90度横に向けて縦にし脇の部分から垂直に落として見せる)」
俺「・・・・・マジで?」
本田母「旦那がへそくり握ってパチンコで負けてきた時に
かましたら、頭を押さえたままヘッドバンキングしてたわ♪
効くわよ~。襲われたらためらわずいきなさい。」
本田「1・・・それマジだ・・・父ちゃん1時間ぐらい動けなかった・・」
できるなら・・・使わないで済んで欲しい・・・・
俺の家から坂倉の家までは歩いて10分くらい。
なので4人で歩いて行く。
母ちゃんとホンダ母は
ケラケラと笑いながら歩いている。
「あっついわね~。お肌によくないね。」
「もう年だし、お手入れ欠かすと、即響くもんね」
なんて、どっかに買い物に行くような顔して
ズンズンと突き進んでいく。
俺と本田は、一度虐待オヤジの恐怖を味わっている。
二人とも口には出さないが怖かった。
怖かったんだが・・・
あまりにも普通な母親の背中を見てたら
なんか行ける気がしてくるから不思議だ。
俺「・・・なんか母ちゃんとおばさん・・・すげえな・・
怖くねえのかな?」
本田「なぁ・・・なんであんな平気な顔してるんだろ?
大人になったらああなれんのかな?」
俺らは不思議な感覚と奇妙な安堵感を抱えながら
母親の背中を追いかけていった。
アパートにつく。
俺と本田はぐっと緊張感が高まる。
しかし母ちゃん二人は世間話をしたまま
二階へと上って行く・・・・
俺「・・・あ・・あの二人・・・
作戦会議とか・・しねえのかな・・?
普通に上って行ってるけど・・・」
本田「わ・・・わかんねえ・・・
けど・・行こう。なんとか・・なるんじゃねえかな?」
あまりに大きくうつる母親の背中。
女は強い!もとい母親は強い!と印象付けられる背中を今も覚えている・・・
扉の前に立つと俺の母ちゃんは即座にノックする。