21: 名も無き被検体774号+ 2014/03/12(水) 07:27:55.55 ID:zSMs1Lti0
「羨ましいなって思うんだ」
「コナン・ドイルがですか? 殺人ミステリーを書けるほど、血や死体に耐性があるようには見えませんけどね」
「ぶ、文章ならなんとか。いや、そうじゃなくてね」
先生は、コンロのつまみを戻して火を消した。
火が消え、炎の音が消え、静寂の声に包まれる。
空気に溶け込ませるようにして、先生が言葉を発する。
「思い立ってすぐに、そうやってどこかに行ってしまえるんだなあと思って」
「旅行にでも行きたいんですか?」
「旅はわたしにとって精神の若返りの泉だ、ってね」
「先生は十分に若いでしょう」
「アンデルセンの言葉だよ。でも逃げるようにただ足を動かしたって、きっとアンデルセンのような旅はできないんだろな」
先生の作ってくれたかぼちゃの煮つけは、母の作るそれとはまったく違った味がした。
おいしいとかおいしくないとか、そういうことはまったく浮かばなくて、ただただ「こんなかぼちゃは初めて食べたなあ」という感慨のみが焼き付いた。
その味付けは、先生と僕がまったく違った環境で育ってきたのだということを示している気がした。
なんだか、妙に悲しくなる味付けだった。
続きは次のページからご覧ください!!