「なんだって?」
ゆっくりと頭を上げたユウキが僕に向かって問う。
「先生の家に通ってたんだよ。会いたくて仕方がなかったから」
ユウキの目つきが変わった。
正直この反応は予想外だった。
先生は僕ら男子学生のほとんどを魅了しているような人だったが、ユウキは、その『ほとんど』から漏れる例外的な存在だと思っていたからだ。
「誰にでもいい顔して、色目つかって、気に入られようとしているところが気に入らん。教師ってのはすべからく、生徒に親愛の情を持たれないように努力すべきじゃないか?」
というのはユウキの言だ。「先生のこと嫌いなの?」と聞いたことがあった。「特に興味はないな」というのがユウキの返事だった。
こんな風にユウキが、先生の話題に反応してくるとは思っていなかったのだ。
「先生に会いに行ってる。わざわざ住所を調べてまでだよ」と言えば、「馬鹿だなあ、お前」と――そんな風に、ユウキは一蹴して笑ってくれるだろうと思っていたのだ。
僕は、どうかしていたか。
旧友に先生の話をしたことによって、秘密のハードルが下がってしまっていたのかもしれない。
僕のやっていることは意外と、大したことではないのかもしれないと、そんな風に考えてしまったのかもしれない。
ユウキは依然として目を丸くしたままで、僕の顔をじっと見つめている。
生きた心地がしない。
認識が足りなかった。僕のやっていることは、異常なことなのだという認識が足りなかった。
馬鹿め。
この一か月で、なにかすごいことをやってのけたつもりでいたか。
この一か月で、なにか先生のためになることをやったつもりでいたか。
愛想笑いを、心からの笑いと勘違いしたか。
初めて先生の家を訪れたときの、あの先生の目を忘れたか。
自分は、ストーカー以下のゴミムシであることを、どうして忘れていたか。
誰かに、スニーカーの裏側で踏んづけてもらえ。
ひとしきり心中で自責を終えた頃だろうか。
内に閉じこもっていた僕は、ユウキがすでにいつもの調子に戻っているのに気づいていなかった。
僕の左肩をバンと叩いて、ユウキは言った。見開かれたその目は、茫然のためではなかった。頬が笑みを形作っていた。
「やるなあ! お前」
世界に許されたような気がしたことは、言うまでもない。
続きは次のページからご覧ください!!