両親の離婚&怪我で部活人生終了➡︎絶望していた俺にやってきた忘れられない夏

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71:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/30(金) 01:24:15.24ID:UNc5U78V0.net
>>69
堅い人ではあるけど、決して悪い人ではないんだ。
まあ、それでもやっぱり色々考えちゃうけどな

70:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/30(金) 01:22:58.21ID:UNc5U78V0.net
俺は義父の提案を受け入れて、2浪目の夏、
義父の故郷の田舎に行くこととなった。

72:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/30(金) 01:49:34.75ID:UNc5U78V0.net
そんなわけで、簡単な着替え一式と勉強道具を担いで
一路義父の故郷へと向かうことになった。

季節は7月も中盤。まさに、夏の始まりの頃だった。
新宿から慣れない特急列車に乗った。
高1の時、Vリーグの試合観戦のために一度だけ乗ったことのある特急だった。

そして揺られること1時間以上、幾つものトンネルを抜けて、
山あいの田舎に辿り着いた。

73:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/30(金) 01:56:12.71ID:UNc5U78V0.net
電車から降りると、けたたましいほどの蝉の声が俺を包んで、むわっと熱気を感じた。
でもそれは東京とは違って嫌な熱気ではなく、
どこか溌剌とした、爽やかな暑さだった。

小さな駅舎の古びた改札を抜けると、
目の前には信じられないほどひらけた景色が広がっていた。
少しだけ標高が高く、視界を遮るものが何もないから、遠くの山がよく見える。

山と青空の境目がくっきりと浮き立っていて、遠くには麓の市街地が見えた。

74:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/30(金) 02:12:18.14ID:UNc5U78V0.net
山側を振り返ると、畑のようなものが斜面にいくつも広がっていて、
これが教科書で見た「扇状地」ってやつなのかも、って思った。
そこら中を沢山の緑や畑が埋め尽くしていて、
「ああ、これは田舎だわな」とすぐに思った。

一体なんの畑なのか、木の棒が打ち付けられた畑が沢山並んでいる。
よく見れば房のようなものがぶら下がっていて、ぶどう畑か何かなのかな、と思った。

75:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/30(金) 02:16:27.66ID:UNc5U78V0.net
駅に面した道はそれなりの大きさだけど、
ぐらぐらと陽炎で揺れていて、滅多に車が通る様子もない。

道沿いには軽トラが止められていて、
近所のおばさんたちが世間話をしている。
なんてのんきな所なのか。

生まれてからずっと東京で過ごしてきた俺にとっては、
「本当にこんなところもあるんだな」と太陽の熱射線に朦朧としながら思った。

76:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/30(金) 02:26:25.11ID:UNc5U78V0.net
義父からもらった地図を頼りに、駅前の道を右に進んで、
線路沿いの坂道をずっと登って行く。

坂道には木漏れ日がちらちらと差し込み、蝉しぐれが降り注いだ。
暑くて暑くて、もうダメだ、なんて思っていると突き当りにタバコ屋があって、
そこを右にまがって線路を越えると、義父の実家があった。

78:名も無き被検体774号+@\(^o^)/: 2015/10/30(金) 02:33:39.88ID:AlKlvZ2N0.net
挫折して、田舎にいくってわけだな
夏の描写見てるとワクワクしてくるな

90:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/31(土) 00:23:35.12ID:KRQaq1Jm0.net
「○○書道教室」と小さな看板が掲げられていて、入り口が二つあった。
「書道教室ってことはここだな…」と思いつつ、
なかなか家に入れずその場で立っていた。

わきにまた木の杭の打たれた畑があって、
「ここにもあるよ」と思ってまじまじと眺めた。
やっぱり実っているのはぶどうで、この家でもぶどう作ってるのかな、
なんて余計な事を考えていた。


92:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/31(土) 00:28:22.93ID:KRQaq1Jm0.net
そんな風にして数分家の前で立っていると、
ガシャン、と自転車を降りる音が聞こえた。
振り返ると、大きなエナメルのバッグを背負った制服の女の子が立っていて、
そわそわした様子で俺を見ていた。

俺は焦ってすぐさま「こんにちは、」と言うと、
女の子も「どうも…」と小さく会釈をした。
炎天下の中自転車をずっと漕いできたのか、顔は真っ赤だった。

93:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/31(土) 00:32:10.89ID:KRQaq1Jm0.net
そのまま家の横の水道の近くに自転車を置くと、ぱたぱたと家の中に入って行き、
「お母さん、来てるよー!」と声を上げた。
俺は瞬時に、「行かなきゃ」と思って、続けざますぐに家に入った。

家の中にはおばさんがいて、
「はじめまして、1君来てたんだね」と俺に挨拶してくれた。

「聞いてはいたけど、やっぱり背が大きいね」
ちなみにおばさんは義父の弟の嫁さんに当たる。
俺も初対面で緊張していたが、ここに来るまでに何度か電話で話した事はあった。

95:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/31(土) 00:36:35.41ID:KRQaq1Jm0.net
俺が、「お世話になります」と言うと、優しく笑って
「1君の部屋は2階のあいてるとこだから。荷物、入れちゃってね」と言ってくれた。

そのあとすぐに、おばさんが
「奈央!ローファーのかかと踏んじゃダメだっていつも言ってるでしょ!」
と声をあげると、2階から
「うるさいなぁ!分かったよ!」という女の子の声が返ってきた。

そこには確かに、かかとを踏み潰されたローファーが転がっていて、
俺はそのやりとりが微笑ましくて、思わず笑ってしまった。

97:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/31(土) 00:41:08.70ID:KRQaq1Jm0.net
自分の荷物を2階の部屋に入れ、1階のリビング(と言っても、畳張りなのだが)へ降りると、
台所から出てきたおばさんにすぐに声をかけられた。

おばさん「悪いじゃんね、奈央がうるさいと思うけど、許してあげて」
俺はすぐにあの子の事だな、と察して、
「いえいえ、全然大丈夫ですよw」と答えた。

俺「奈央ちゃんは、今何年生なんですか?」
おばさん「高3だよ、だから受験なの~」
俺「え、そうなんですか」
俺は自分と2つしか歳が変わらない事に驚いた。

98:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/31(土) 00:44:53.64ID:KRQaq1Jm0.net
おばさん「全然勉強する気がないから、困るじゃんねー、1君勉強教えてあげてw」
そう言われて俺は、「それはさすがにw」と苦笑してしまった。

おばさん「ここまで来るの、迷わなかった?」
俺「あ、それが。案外すんんり来れましたね」
俺がそう言うと、おばさんは「わ、それはすごい」と驚いた様子だった。

おばさん「そうそう、スイカがあるんだった。切ってあげるから、1君食べなよ」
俺「え、そんな、悪いですよ」
おばさん「いいのいいの。暑い中歩いてきて、喉も渇いたでしょう」
おばさん「今、冷たい麦茶とスイカ出すからね。待ってて」

ぱたぱたと支度を始めるおばさんを前に、俺も言葉に甘えてしまう。

99:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/31(土) 00:49:24.78ID:KRQaq1Jm0.net
遠慮しつつも、炎天下の中を歩いてきてとても疲れていたから、
冷たい麦茶にスイカ、考えただけでワクワクしてしまった。

おばさん「奈央ー!スイカ切ったげるから、1君と一緒に食べたらー!」
おばさんが、階段下から2階に向かって呼びかける。
だけど反応はなく、奈央が下に降りてくる様子はない。

おばさん「うーん、あの調子じゃ、来ないかも」
俺の方を見て申し訳無さそうに苦笑いするおばさんを見て、俺は答える。
俺「いや、それは仕方ないですよ。こっちも突然押しかけて、申し訳ないです」

100:名も無き被検体774号+@\(^o^)/: 2015/10/31(土) 00:49:33.61ID:dgJrA0xf0.net
面白い支援
この女の子は義理のいとこになるわけか

101:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/31(土) 00:55:20.58ID:KRQaq1Jm0.net
おばさん「いや、全然そんなことはないんだけどw」
おばさん「あの子、人見知りだから。慣れるまで、ちょーっと時間かかるかもね」
おばさんはそう言い残して、いそいそと台所へと入っていった。

しばらくすると、俺の期待通りのスイカと、氷がごろごろと入ったグラスに麦茶が出てきて、
思わず「うわ、すごい!」と口をついて出てしまった。

「いただきます」と言ってスイカを頬張ると、
まだ少し早い、夏の入り口をかじったような気がして、
受験勉強をしに来たというのに、心が躍った。

102:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/31(土) 00:56:36.66ID:KRQaq1Jm0.net
おばさん「ごめんね、こんなスイカしかなくてさ」
おばさん「夜は、もうちょっとちゃんとするからね」
俺「いや、とんでもないですよ。スイカ、久しぶりに食べました」

俺「こんなに、美味しかったんですね」
俺が感激してそう言うと、
おばさんは少し笑って「それならよかった」と安堵の表情を浮かべた。

103:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/31(土) 00:58:05.76ID:KRQaq1Jm0.net
そんな風にして、俺はスイカを食べながらテレビで昼過ぎのワイドショーなんかを見て、
まだ始まったばかりのゆったりとした夏の時間を過ごしていた。

すると、ぱたぱたぱた、と慌ただしい音が聴こえてきて、玄関の方から声がした。

奈央「お母さーん!ちょっと、出かけてくるからね」
おばさん「あら、どこ行くの」
奈央「ちょっと友達と勉強しに行ってくる」
おばさん「勉強なんて、家でもできるのに」
奈央「家じゃ集中できないの!」

俺はもう食べきったスイカを眺めながら、ぽかーんとその会話に耳を傾けていた。

104:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/31(土) 00:59:43.86ID:KRQaq1Jm0.net
奈央「じゃあね!」
おばさん「ちょっと奈央、夕飯はどうするの」
奈央「多分夕方には帰ってくるから、食べる!」
おばさん「気をつけて行くのよ!」

そして、バタン!と音がすると、窓の外でガシャ、と自転車を出す音が聞こえて、
奈央は勢い良く出かけていった。
俺は一連のその様子を見て、このクソ暑いのに元気だなーなんて思っていた。

「ごちそうさまでした」と言いながらスイカの器を台所まで運んでいき、
「あら、そのままで良かったのに」なんて言われながら「いえ」と会釈して、
再び自室である2階の部屋に戻った。

105:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/31(土) 01:02:23.64ID:KRQaq1Jm0.net
畳六畳ほどはあろうかという部屋に、整然とたたまれた布団が置いてあって、
その脇には小さな机が置かれていた。
扇風機なんかもおいてあって、窓からは山あいの緑の景色と青空が広がっていた。

扇風機のスイッチを入れて、心地良い風を浴びながらその景色を眺めると、
「夢みたいなところに来ちゃったなぁ」と思った。

おまけに、窓際に吊るされたくすんだ風鈴の「チリン」という音が、
その夢見心地になおさら拍車をかけるようだった。

106:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/31(土) 01:05:59.62ID:KRQaq1Jm0.net
あんまりに気持ちいいものだから、
俺はそのまま畳まれていた布団にもたれかかって横になった。
でも、こんな状況になっても浮かんでくるのはやっぱりバレーのことだった。

半分眠りに落ちていくフワフワとした頭のなかで、
コートを駆け巡ったあの日の光景とか、美香に言われたあの一言とか、
春高の決勝で羽ばたいていたあのエースのこととか、

色んな記憶が頭をよぎった。

107:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/31(土) 01:07:05.62ID:KRQaq1Jm0.net
そんな事を考えているうちに、俺はすっかり眠ってしまって、
目が覚めるとすっかり外は夕方の光景に様変わりしていた。

さっきまでの真っ白な陽の光ではなく、景色は若干オレンジがかっていた。
体中汗だくになっていて、俺はリュックに入っていた生ぬるい水を飲んだ。
そんな風にしてぼーっとしていると、窓から風が入ってきて風鈴が音を立てる。

ああ、やっぱり夢じゃなかったのか、なんてぼんやりと考えていると、
何やら「バン、バン」とボールを弾く音が外から聴こえた。

108:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/31(土) 01:09:52.24ID:KRQaq1Jm0.net
「なんだなんだ」と不思議に思って、窓から外を眺めてみても、
その音の正体は掴めなかった。

俺は仕方なく、起き抜けの怠い体で1階に降りていき、玄関から外へ出た。
夕方とはいえ、外に出ると熱気が一気に押し寄せてきて、心が折れそうだった。
とても近くで、ジワジワジワジワ…と蝉が鳴く声が聞こえた。

家のもう一つのドア(書道教室側)の前には沢山の自転車が止まっていて、
どうやら書道教室の時間になっていたらしい。
おばあちゃん、義父の母にあたる人がここで書道教室をしている、
というのは話に聞いていた。

109:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/31(土) 01:12:29.34ID:KRQaq1Jm0.net
もしかしたら、さっきの音はこの教室からだったのか?なんて思ったけど、
家の裏の方から「ばん!」とボールを叩く音が聞こえて、
俺はすぐに家の裏へと回った。

俺「あ……」
奈央「あ、どうも…」
そこには、家の裏手の斜面に向かって壁打ちをしている奈央がいた。
しかも、持っているボールは紛れもなくバレーボールだった。
俺はそれに気付いて、瞬時にドキッとしてしまった。

110:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/31(土) 01:14:34.87ID:KRQaq1Jm0.net
俺「練習…かな?バレーするんだね」
奈央「ええ…まあ」
奈央はそう言うと、軽く頷いて再び壁打ちを始めた。

俺「3年生って聞いたけど、部活はまだ引退じゃないんだ」
奈央「…はい。最後の試合がまだあるんで」
練習の邪魔をされたくない、とでも言わんばかりに、
奈央は俺の質問に淡々と答えた。

111:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/31(土) 01:17:02.34ID:KRQaq1Jm0.net
俺「バレーって、楽しいよね」
俺のその一言にはっとしたように、奈央はこちらを見た。
奈央「え、バレーやってたんですか?」

俺「うん、ずっとやってたよ。すっごい好きだった」
奈央「そうなんですか…!そういえば、東京って…どんな高校だったんですか?」
先ほどまでの平板な顔色が一変して、奈央の表情が笑顔に変わっていた。

俺はそれに気付いて少し嬉しくなりながら、会話を続けた。
俺「うーん…まあまあ強かったかなぁ…○○高校っていう…」
奈央「あ、なんか聞いたことあります」
俺「そっか、それは嬉しいな」

112:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/31(土) 01:22:15.45ID:KRQaq1Jm0.net
ジワジワジワ…という蝉の声が俺たちを包んで、少しだけ空間が間延びした。
奈央は、一心に壁打ちを続けた。

奈央「じゃあ…その、けっこう本気でやってたんですか」
俺「ん…まあね。春高出場とか、もっと言えば優勝とか…考えてたな」
奈央「すごい…え、でも。もうバレーは…?」

奈央の質問にちょっとだけドキッとしたものの、俺は続けた。
俺「まあ、色々あって…やめちゃったんだよね」
奈央「そうなんですか…」
俺「ん、まあね」

113:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/31(土) 01:30:16.20ID:KRQaq1Jm0.net
時たま吹き抜ける風が、木々のさざめきと共に少しだけ涼しさを運んでくれた。
家の表の方から、書道の帰りなのか子供たちのはしゃぐ声が聞こえた。
奈央「あの…」
俺「どうしたの?」

奈央「もし良かったら…ちょっとだけ対人、付き合ってもらえませんか」
奈央「壁打ちだけだと…やっぱりあれで」
俺「ああ…いいよ、全然オッケ」

対人というのは、バレーの基礎練の一つだ。
二人で向い合って、ボールをパスしあう。

116:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/31(土) 01:31:58.24ID:KRQaq1Jm0.net
奈央「いきます」
俺「よし、来い!」
奈央がボールを掲げ、俺の方に打ち込んでくる。
俺「お、なかなかイイ球打つね」
俺がレシーブを上げると、そのまま奈央からトスが返ってくる。

俺は「いくよ」と言ってそのままボールを打ち放つ。
バシン、と手のひらにミートして、気持よく奈央の元にボールが向かう。
久々にボールに触ったけれど、そこまで感覚は鈍っていないようだった。

118:1 ◆aPqsLiX.0g @\(^o^)/: 2015/10/31(土) 01:35:23.24ID:KRQaq1Jm0.net
奈央が、「はい!」と言ってレシーブをする。
ふわりと浮かんできたボールを、俺は両の手でキャッチし優しくトスを返す。
瞬間、少しだけ陰っていた空からにわかに光が溢れて、構える奈央を照らした。
俺は動揺して、打ち込まれたボールのレシーブを失敗した。

奈央「あ、ごめんなさい…」
俺「いや、今のは捕れた…こっちがごめん」
夏の夕暮れに、こうして対人をする…
俺は、大事な事を思い出していた。