「お前は彼女とかいないの?」
『人並み』に恋愛しているという彼に、対抗心が湧いたことを否定はしない。
ユウキにすら相談したことのない事柄について、僕は話し始めた。
「好きな人はいる」
「へえ。同じ学校のやつ?」
「うん。先生なんだけど」
「…………マジで?」
「うん」
後になって思えば、僕が彼に自分の恋愛を話してしまえたのは、彼が先生についてなにも知らなかったからなのだろう。
彼は、深い森の中にあいた穴そのものだった。「王様の耳はロバの耳!」と叫びいれるに相応しい、何も知らず、何の関係もないはけ口だった。
この日の僕には、そういった存在が必要だったのだ。
僕の語りを、彼は神妙な顔で聞いていた。
先生が不登校になったこと、先生の家を探し当てたこと、先生の家に通うようになったこと。
そして昨日、先生の家の洗面台で、あるものを目にしたことについて。
「歯ブラシが二本、か」
「……彼氏がいるってことだよね」
もちろん、そのことについて、当人に直接確かめるような真似はしなかった。できなかった。
悶々鬱々と夜を明かして、今日この日に至ったのだ。
「一概にそうとは言えないんじゃないか」
できるだけ明るい声を出そうと努めているのか、不自然な笑顔で彼は言う。
「古くなった歯ブラシを捨ててないだけ、とか」
「口をゆすぐカップも二つあったんだけど」
「…………すまん」
「いや、謝るようなことじゃ……」
うなだれていた彼は、それでもすぐに復活した。
「それにしたって、今まさに彼氏がいるとは限らねえじゃん」
「そうかな」
「だってお前、定期的にその先生んとこ行ってるんだろ? 彼氏がいる女が、そういうの許すかなあ」
なるほど確かに彼の言うとおりかもしれない。
この一か月ほどに僕が先生に会いに行った回数は、両手の指で数えるほどもあるのだ。
どのタイミングで、その彼氏とやらに鉢合わせてもおかしくない状況だったのだ。
しかしそんなことは、一度もなかった。
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