360:1@\(^o^)/: 2016/08/17(水) 18:14:45.22ID:MBngfG+d.net
マンションの重いドアが閉まった途端、俺は彼女を後ろから抱きしめた。
コーヒーなんて別に飲みたくなかったし。暗黙の了解もあったし。
スリリングな方が燃えるじゃないか。情事ってやつは。
言っとくけど半分はもう立派なクズだったからな。この頃の俺は。
「あったかいでしょ?」耳元で俺は言った。彼女の胸の方に手をゆっくりと滑らせる。
「ふふ。せっかちね。」背中越しでも彼女が怪しく微笑んだのが分かった。
彼女は俺の手を胸に一旦押し付け、次にその指を口元に運び軽くキスをしてから舐めた。
二人の脳内で何かがばちんと音を立てて弾けるのがわかった。俺は食らいついた。
そのまま玄関で動物の様な一回。シャワーを浴びて、今度はベッドで人間的なもう一回。
肉欲や情念をぶつけるだけではない、大人のゆっくりと愉しむようなセ●クス。
真っ赤な口紅の彼女が俺のものを咥える姿はそれまでの誰よりも、工口ティックだった。
痩せていて胸は全然なかったけど、それでも俺は彼女のテクニックに骨抜きにされた。
もう俺の心のなかにアヤコはいなかった。ヨーコに完全にほだされてしまって
361:1@\(^o^)/: 2016/08/17(水) 18:15:43.42ID:MBngfG+d.net
そのまま雪崩れ込むように、俺と彼女は半同棲状態となる。
店には内緒の禁断の恋仲。その障害が逆に俺たちを刺激した。
順序は完全に逆になったが、一応は告白して付き合う事となった。
合鍵を交換しても、会うのは殆ど彼女の家。俺の一人暮らしのアパートは狭かったから。
告白は、ひどく簡単なものだったと記憶している。何度めかの彼女の家。
VHSのビデオを見ながら、簡単なつまみとお酒。ソファーで二人並んで。
「なぁ。俺とちゃんと付き合ってみないか?」
「それもいいわね。」
たったそれだけ。そのあと横並びのまま、彼女から優しいキスをされた。
俺を見る彼女はすごく妖艶に見えた。そのくちびるの間から赤い舌がちろりと覗いた。
今思うと俺は、こうなる前に彼女の弱さや脆さにもっと気付くべきだったんだ。
俺が惹かれた寂しそうな笑顔にはちゃんと理由があったんだよ。
362:1@\(^o^)/: 2016/08/17(水) 18:16:48.64ID:MBngfG+d.net
それでも数か月は安寧な毎日を送ったと思う。
工口い事ばかりしてた訳じゃない。きちんとした恋人同士の時間もあったんだよ。
たまには買い物に行ったり、俺の車でドライブに出かけることもあった。
バイト代が出たときには、奮発してちょっといいレストランにも連れて行った。
店には内緒だったから派手には動けなかったが、
はた目から見たら普通のカップルに見えたと思う。
そういえば、彼女が作ってくれた手料理を今ふっと思い出した。
炊いた大根にエビしんじょを乗せて和風の餡をたっぷりとかけたやつ。旨かったな。
彼女は店が休みな日曜日の夜にはよく、手の込んだものを作ってくれた。
えんじ色の、地味なエプロンをしている彼女の後姿が俺は大好きだった。
店とは違う家庭的な一面。そのギャップも、とても心地いいものに感じられた。
俺はよく、料理を作っている彼女を後ろから抱いて、邪魔をした。
しかし彼女の影を作ってる理由が、明らかになる日がやってきた。
悪夢を見るのか、寝ているときにたまにガバっと起きるんだよ。彼女。
震えながら玉の汗をかいて。その時のヨーコの目は、ちょっと恐ろしかった。
俺は、そんなときは彼女を抱きしめ、再び眠りにつくまで背中をさすってあげていた。
363:1@\(^o^)/: 2016/08/17(水) 18:18:48.48ID:MBngfG+d.net
ある日、俺は思い切ってヨーコに訊いた。
「ねぇ、悪い夢、よく見るの?」と。
「うん。あなたには話さなきゃとは思ってた。」と彼女。あの寂しそうな顔をする。
要約するとこういう事だ。彼女は、父親から性的虐待を受けていたことがあって、
高校を卒業した後、故郷の街から家出同然にこの町に来たというのだ。
特につてがあったわけじゃない。電車に乗っていて、ある程度大きな町だったから
女なら何とかなるかと思って電車を降りて、そのまんま夜の街でヨーコは蝶となった。
彼女の実家はかなり距離のある場所だった。俺が行った事のない山の中の小さな町。
俺の大学のある街に来る為には一度東京を通らねばならなかったが、
高校を出たばかりの彼女は恐怖を感じたらしい。田舎者だから俺も気持ちはわかる。
怯んだ彼女は次に来た別路線の電車でこの土地にたどり着き、数年後俺と出会った。
364:1@\(^o^)/: 2016/08/17(水) 18:22:18.02ID:MBngfG+d.net
それまでの事は知らないが、彼女は俺と出会ってから優しくなれたと言ってくれた。
生活の為の道具だったセ●クスも、気持ちよさをやっと感じられるようになった、
演技ではなく、本当の性欲に目覚めたと。男にとってはこれ以上の褒め言葉はない。
「あなたのおかげで生きてる実感がわいたわ。」ある日彼女はぽつりとそう言った。
声は小さかったが、彼女はそのときいつもの寂しげな影を引きずってはいなかった。
天使のような子供の様な、全開の笑顔。俺は、これが見たかったんだと思った。
俺は嬉しかった。どんな過去があろうとも、彼女を幸せにしたいと自分に誓った。
荒んでいた俺の傷も、傷ついていた彼女の壮絶な過去もこれですべてチャラになると。
その時はまだ信じていた。しかし因果はめぐる。
365:1@\(^o^)/: 2016/08/17(水) 18:23:40.80ID:MBngfG+d.net
彼女はそんな俺の無責任で無邪気な優しさにだんだんと依存するようになった。
そんなに簡単に人を救えるなんてことは無い。俺はまだ世間知らずだった。
しょせんは大学生。してあげられる事なんてたかが知れている。
彼女は少しずつ、でも確実に狂っていった。歳の差は、すぐに逆転してしまった。
当時買ったばかりの携帯にもちょっと目を離すと物凄い数の着信が残るようになった。
便利なのはいいけれど、それはそれで困りものだなとこの時俺は思った。
掛け直して今日はトモさんが飲みに付き合えと言うから泊まれないというと拗ねる。
ヨウジとのバンドの練習があるから会えないとなると、鬼のように怒り出す。
2日くらい会わずにいて、おそるおそる彼女の部屋に行くと、しくしくと泣いている。
気に食わない事があるとひどいヒステリーを起こして物を投げつけてくる。
俺は殆ど、自分の部屋に帰れなくなった。俺はその重さを支えきれるか不安になった。
366:1@\(^o^)/: 2016/08/17(水) 18:27:11.68ID:MBngfG+d.net
彼女は生理が重なると更にもの凄かった。正直言って、命の危険を感じた事もある。
原因は覚えていないが、たいした事じゃなかったと思うよ。ある暑い夜の事だ。
別に浮気をしていたわけじゃない。俺には学生生活も付き合いもあったってだけのこと。
彼女は庖丁を振り回して暴れた。あの暖かい手料理を作ってくれた時に使った庖丁を。
どこまで本気かは分からなかったが、俺を傷つけるために彼女はそれを振りかざした。
今考えると、彼女には本当に俺しかいなかったんだと思う。
友人も家族もいない本当の意味で孤独で、寂しく厳しい人生だったんだと。
それにしてもこれはさすがに度が過ぎた。崩壊はすぐそこまで迫っていた。
それを押しとどめる力を、俺は持っていなかった。もちろんヨーコも。
367:1@\(^o^)/: 2016/08/17(水) 18:29:17.64ID:MBngfG+d.net
俺は彼女の一振りで腕にぱっくりと傷を作った。
着ていたシャツごと。その瞬間、すべてがスローモーションに見えた。
深い傷ってその一瞬は血が出ないんだよね。少しずつじわりと染みてくる。
でも一旦出始めると止まらないんだ。傷口に白い脂肪の層まで見えて俺は青くなった。
「このままじゃ殺される」本能がそう言っている。
簡単に人が死ぬ、あの国ですら感じたことの無いほんものの恐怖が俺を襲う。
彼女もあまりのことに、一瞬言葉を失ってしゃがみ込み、泣き出した。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」念仏のように彼女が唱える。
そんな彼女を一人残して俺は飛び退くように逃げ出してしまった。
怪我した手で車を運転しながら、無事な方の手で車内にあったティッシュを使い、
必死に止血したが、いくら上から重ねても血は止まらなかった。
よくあの状況で事故らなかったと思うよ。
368:1@\(^o^)/: 2016/08/17(水) 18:31:09.33ID:MBngfG+d.net
警察沙汰になると場合によってはお店に迷惑がかかって俺はこの街にいられなくなる。
夜の世界はそういう所だ。俺が学生だからとかそんな甘いことはない。
何度もチャイムを鳴らす。彼は眠たそうな顔をして扉を開けたが、
俺の様子を見て、一瞬で目つきを変えた。大学デビューの俺とは違う。
言い換えれば誇り高い野生の獣のようなものだ。
「…誰にやられた?」と凄味のある一言。
俺はすべて話した。できるだけかいつまんで。つっかえながらも必死に。
その間にもぽたぽたと血が流れる。このあたりでやっと痛みを感じ始めた。
彼は黙って俺の話を聞き、とりあえず男同士のきな臭い話ではないと理解すると、
俺を救急病院に連れて行ってくれた。
結果から言うと、4針縫った。その傷はいまでも俺の腕に残っている。
医者にはずいぶんと詮索されたが、俺はふざけていての事故だと言い張った。
すべての処置が終わって、帰宅を許された頃にはすでに空が白んでいた。
俺の気分とは真逆の、青々とした晴天に逆に俺は腹を立てた。八つ当たりだ。
369:1@\(^o^)/: 2016/08/17(水) 18:41:55.69ID:MBngfG+d.net
自分の部屋にいると、あの狂気を孕んだ彼女が襲ってくるような気がしたから、
その日はトモさんの家に泊まらせてもらった。携帯の電源を落としたまま。
少し仮眠を取り、昼過ぎに俺はトモさんを伴って自分の部屋に戻った。
部屋には、荒らされた跡があった。ディスカウントショップで買った、安物のブルーの
2人がけソファーが刃物で大きく切り裂かれていた。斜めに、まっすぐ一本ざっくりと。
一度このソファーで彼女が冬眠中の小動物のように眠りこけながら俺の事を待っていて、
俺が帰ってくると普段見せない甘えた表情で抱き着いてきたことを思い出した。
自然と涙が出てきた。どうしてこんなことになってしまったんだろうと。
「イッチ、おそーい。」記憶の中の彼女はこう言っていた。
俺は、彼女を一人で置いてくるべきではなかったのかもしれない。
しかしあのまま、あそこにいたら俺は一体どうなっていたのだろう。
俺の人生に答えのない問いが、またひとつ増えた。
370:1@\(^o^)/: 2016/08/17(水) 18:44:18.87ID:MBngfG+d.net
というのも、彼女はその日から行方不明になってしまったのだ。
俺は心配したが警察によると肉親以外では捜索願が出せないとのことだった。
店に借りていた部屋も、ほとんどの衣服や二人で座ったソファーもそのまま。
二人で見たTVも、抱き合ったベッドも。俺の流した血も。庖丁だけがその場になかった
。
その話は後始末を任されてくれたトモさんに訊いた。もう部屋にはいなかったと。
それでも俺は彼女の部屋にはもう戻りたくなかった。携帯には不思議と着信はなかった。
トモさんは短く、ちょっと悲しそうに「たぶん、トンだな」と俺に言った。
それが、彼女がいなくなったことを俺が実感した言葉。急にいなくなると寂しいものだが
半分はホッとしたことを覚えている。
俺はトモさんに言われるまま不動産屋に連絡し、鍵を取り換えてもらうよう取り計らった。
着替えだけを持ち、交換が終わるまで、今度は同級のヨウジの家に泊まった。
371:1@\(^o^)/: 2016/08/17(水) 18:46:41.28ID:MBngfG+d.net
しばらく、夜の世界とは縁を切りたかった。店の方も、トモさんのとりなしで
休みを貰えるようになった。俺に下ったのは、「沙汰なし」
ペナルティはなかった。その代り、俺が彼女を訴えない事が条件だった。
そんな気は毛頭ない。俺は、急に消えてしまった彼女に思いをはせる。
彼女は荷物も持たずにどこに行ってしまったんだろう。
また、電車に乗って遠い街で降りて、寂しく笑いながら働いているのだろうか。
それとも、あの庖丁で命を絶ったのだろうか。それは誰も知らない。
俺は自分の無力さに怒りを覚えた。俺は、彼女を幸せにできなかった。
そんな圧倒的な事実だけが重く俺の心に残った。
今でいう、メンヘラって奴なのかもしれない。そんな言葉で簡単に片づけたくはないが。
彼女を追いこんでしまったのは、俺の弱さのせいだとも思うから。
ヨウジは話を聞いてくれて、2日ばかり学校を休んで一緒にいてくれた。
傷はずきずきと痛んだが、俺は構わず一日中彼と酒を飲んだ。
一度話を聞いた後は彼は努めて明るくもうその話をしなかった。
心地いい、大学生らしいバカ話。そんなとき、携帯に一本の電話があった。
372:1@\(^o^)/: 2016/08/17(水) 18:49:22.54ID:MBngfG+d.net
俺は彼女かと思い一瞬びくっとしたが、それは母からの電話だった。
悪いことは、立て続けに起こるものだ。
「お父さんが、がんになっちゃった。」母は前置きも無しに言った。
俺は耳を疑った。なんだって?親父が?ガン?色々ありすぎて、頭がもう真っ白だ。
話を聞くと、俺が生まれた病院に入院したというのだ。
それをヨウジに話すと、彼も同じく言葉を失った。
さすがに、バカ話もできなくなった。心配そうな目を俺に向ける。
「ちょっと実家帰ってくる。」
俺はそれだけ言い残し、電車に乗った。
その街から、苦い思い出のある生まれた町までは半日あればつく。
向こうについてから携帯で、トモさんにも連絡をいれた。
駅からはタクシーを飛ばし、病院へ急いだ。
トモさんは冷静に「一緒にいてやりな。店の事は心配ないから」とだけ言ってくれた。
親父は、ステージ3の肺がんだった。
373:1@\(^o^)/: 2016/08/17(水) 18:50:59.36ID:MBngfG+d.net
今まで風邪の一つも引いたことの無い親父。無口だったが優しい親父。
怒るとすぐに俺の事を殴ったが、結局はいつも味方をしてくれた親父。
留学だって、大学だって、結構な金額が必要だったのに黙って出してくれた親父。
母や姉に内緒で、いつも俺だけにいい店の鰻や蕎麦をご馳走してくれた親父。
「お母さんには内緒だぞ」
そんな時はいつもそう言って悪戯っぽく口に一本指を付け、しーっという仕草をした。
俺は彼がずっと欲しかった男の子として生まれたから
彼なりの溺愛をもって育てられた。
実際俺が生まれたとき、親父は腰を抜かして喜んだらしい。
真ん中の姉などは、「アタシが生まれたときは病院にもこなかったのに」と
今でも恨み言を言う。綾子姉は女の子では二番目だったから
着るものから何からすべておさがりだったみたいだし。
374:1@\(^o^)/: 2016/08/17(水) 18:54:57.69ID:MBngfG+d.net
俺も小さなころは本当に親父になついた。
ちょっと連休があると、親父は俺を色々な所に連れて行ってくれた。
身体の弱かった俺は風邪をひいて熱を出すと、そのたびに
「おとうさんのおかゆがたべたい」とねだった。
別に特別なおかゆだったわけではない。
でもたっぷりと、おばあちゃんの漬けた梅干しを叩いて入れてくれた。
頭の固い昭和の親父が台所に立つのはその時だけだった。
親父が作ってくれる。それだけで俺は嬉しかった。
親父との思い出がぐるぐるとまわる。
こんなことってあるものか。さっきひとり失ったばかりだって言うのに。
医者に止められているのにもかかわらず飲んだ酒のせいで
縫ったばかりの傷がじくじくと痛んだが、それすらどうでもよくなった。
375:1@\(^o^)/: 2016/08/17(水) 18:57:18.29ID:MBngfG+d.net
病室に入ると、親父は意外にも元気そうだった。
「ちょっとした検査入院だ。わざわざ帰ってくることはなかったんだぞ」
親父はそんなこと言いながらも嬉しそうだった。
本人には、告知をしていなかった。
後で医者から説明を受けたが、手術をしても5年生存率は30%を切ると。
親父の肺にはグレープフルーツ大の腫瘍が出来ていた。
何日か俺は生まれた街に滞在したが、どこかに行く気を無くしていた。
また俺は失うのか。掌の隙間から砂がこぼれるように、さらさらと幸福が逃げていく。
それも大切なものから。後にはいったい何が残るのだろうか?と
俺は自分に問うたが、そんなことを応えてくれる便利な存在はやはりいない。
それを神と呼ぶならば、俺は無神論者だ。神は、俺なんかに興味はないのだ。
そのときは、本気でそう思った。21歳になる直前の暑い夏のことだった。
陽気に鳴く、せみしぐれの声が、俺には単なる皮肉に聞こえた。
376:1@\(^o^)/: 2016/08/17(水) 18:59:53.12ID:MBngfG+d.net
抗がん剤の治療を経て、1か月ほど後に手術をすることが決まった。
俺は学校もあったので、ヨーコのいないあの街に一旦帰った。
部屋に戻るときに、俺は新しい鍵を貰いに行った。
受け取るときに不覚にも不動産屋のカウンターで涙を流してしまった。
スタッフは怪訝そうな顔をするだけで、誰も慰めてはくれなかった。
単位を落とさない程度に授業にはかろうじて出席したが、
それ以外の気力を俺はすべて失ってしまった。
切り裂かれたままの、安物のソファーに転がり、毎日浅い眠りにつくまで酒を飲んだ。
服も着替えず、髭もそらず。何も食べず、アルコールを摂取し続けた。
縫われた腕は殆ど癒えてきたが、抜糸にもいかなかった。バイトにも、バンドの練習にも
。
377:1@\(^o^)/: 2016/08/17(水) 19:02:36.46ID:MBngfG+d.net
そんなやさぐれたある日曜日の夕方。
何度も何度も部屋のチャイムが鳴った。俺は居留守を決め込んだ。
そのあと、ドンドンと扉をたたく音。俺はしょうがなくドアを開けた。
トモさんだった。コンビニ袋を手に提げている。
黒服ではない彼を見るのは久しぶりだった。
彼はその袋を俺の胸元に押し付けてくる。
「まず食え。次に風呂に入って、髭を剃って着替えろ。」命令するように彼は言った。
有無を言わさぬ表情。袋の中身はサンドウィッチとミルクだった。
俺はどきどきしながらとりあえず急いで詰め込み、身を清めて服を着替えた。
ひょっとしてヨーコに何かあったのではなかろうか?頭をよぎる。
その間彼は何も言わず俺の事を待っていたが、着替える時に俺の腕を取り、
その辺に転がっていたはさみで器用に抜糸をしてくれた。痛みはなかった。
「よし。消毒しにいくぞ。」彼はそれだけ言うと、さっさと俺の家をでた。