353 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:18:02.04 ID:fNXhvYIy0
別れの挨拶も終え、さぁ行こうかという時に足がずっしりと重くなった。
見てみると、俺の左脚には目を赤くした妹がぎゅっとしがみ付いていた。
「あらあら」と母親が苦笑いする。
母親「ほら、お兄さん困ってるでしょ? バイバイしなきゃ」
脚から引き剥がされた妹の目には大粒の涙が溜まり、顔はくしゃくしゃになっている。
どうしたもんかなと目線の高さを合わせるために しゃがみこむと、いきなり飛びついてきた。
そして選りにも選って彼女の目の前で、俺のほっぺにちゅーをしたのである。
唖然としていると、五歳の少し増せた少女はさっと放れ、そしてぱたぱたと母親の場所まで走った。
妹「ばいばい!!」
賑やかな町が一瞬静まるほどの大きな声で叫び、腕がもげるのではないかと思えるほどに大きく手を振った。
遠く離れ、人混みに紛れても、少女は小さな手を振り続けた。
361 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:30:28.67 ID:fNXhvYIy0
宿にて一泊し、朝、この町を出発した。
ママの店のある町までは、雨さえ降らなければ五日程で行くことができるだろうか。
「行きはよいよい帰りは辛い」と言った感じで、この町から行くには最短ルートでも少々時間がかかる。
彼女「確かお前はここで倒れていたな」
途中でからかわれる。 彼女とその部下を傷つけたことを未だにずるずると引きずっている俺にとって
それは冗談になっておらず、思わず顔を顰めてしまう。 その様子を見て、彼女はくすくすと笑った。
なんとなくだが、彼女の笑顔は最初よりも柔らかくなったような気がする。
特にあの家族と接してから――……つまりは、俺の力ではないわけだ。
362 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:32:38.58 ID:fNXhvYIy0
全くの二人きりというのは久々のことであった。
今は馬の蹄音も貨車の音も、兄妹の喧嘩声や歌い声も何も聞こえない。
森が風によってざわめく音と野生生物の蠢く音、
そして右後ろからの彼女の静かな足音だけが俺の耳に届いた。 少し、緊張する。
そんな沈黙を破ったのは再び彼女である。
彼女「……あそこで倒れていたということは、この道を通って、その途中クマに襲われたのだな」
俺「そうなるね」
彼女「私も去年この道を通って、さっきの町に行った。 着いたのはお前が倒れていた日と同じ日だ」
俺「へ、へぇ~」
彼女「つまりは、お前は私のすぐ後ろを歩いていたことになる」
363 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:35:51.12 ID:fNXhvYIy0
ひやり、と汗をかく。
俺から彼女の姿は見えないが、視線だけは感じる。
素足でイラガの幼虫を踏んでしまったかのように、ぢくぢくと背中を突き刺す。
しまった、話のネタにと思って喋ったが、それではいつどこを通ったのか教えているようなものではないか。
もしやこんなところで後を尾行けていたことがばれるのではないか。 おいおいおいやばいよやばいよ!
俺「ぐぐぐ偶然だね!」
彼女「偶然か?」
俺「偶然! 偶然!!」
彼女「その後戦場でも会ってるんだ。 偶然にしては出来すぎていないか」
俺「それは本当に偶然だから!」
彼女「『それは』?」
のおおおおおおおおおおおおおおおおお
366 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:39:06.06 ID:fNXhvYIy0
俺「……と、とにかく、本当に偶然だ!」
彼女「偶然なぁ」
俺「いいいくつかの偶然が重なるとそれが必然だと思ってしまう傾向は人間の悪い癖だと思います」
彼女「む……なら、本当に偶然なのか? それにしてはやけに不自然な否定だが」
俺「いやだって、……俺がずっと後付けてたみたいに思われるのは……」
彼女「確かにそのように思われるのはいい気がしないな」
俺「そ、そうそう」
彼女「そうか。 すまんな、お前を信用していると言いつつストーカーまがいの事をしていたのではと疑った」
俺「はははやるわけないない」
彼女「もし本当にやっていたとしたら軽蔑しかしないな」
おれ に 9999 の せいしん てき ダメージ! ▼
369 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:42:04.93 ID:fNXhvYIy0
旦
「いくつかの偶然が重なるとそれが必然だと思ってしまう」というあいつの言葉には心当たりがあった。
半年ほど前、兄王子――陛下からの信頼も厚く、すでに国の一部の統治を
任せられており別の場所で暮らしている――が、宮廷に訪れていたときである。
下女「聞いてくださいよ! 本日殿下が……無能じゃないほうの殿下がいらしているのですけど!
なんと、五回! 五回も廊下ですれ違っちゃったんです! しかも三回、目が合ったんですよ!」
私「それは偶然だったな」
下女「偶然なんかじゃないんです! そんなに偶然が重なるわけがないんです!
限られた時間の中であんなに目が合っちゃったら、もう偶然なわけがないんです!
きっと私と兄殿下は運命の赤い糸で結ばれちゃっているんです! きゃーどうしましょう騎士様!」
妄想もいいところである。
372 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:47:20.32 ID:fNXhvYIy0
ただ偶然同じ場所を通り、ただ偶然目が合った、それも一方的な勘違いかもしれないというのに、
たったそれだけで、それが運命の仕業だという下女を酷く馬鹿にした覚えがある。
多分、同じようなものだろう。
そう、ただ単に偶然が重なっただけではないか。 偶然同じ時期に同じ道を通っただけだ。
それだけで私の後をついてきたのではないかと考えるのは自意識過剰というものだ。
足音はおいておくとして、尾行する者特有の視線だって全く無かった。
第一あいつには私を追う理由などないではないか。
戦場でも、酔いつぶれた時も、私に何もしなかったのだから。
374 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:50:00.89 ID:fNXhvYIy0
日が暮れると小さな洞穴の入り口に火を焚き、質素な夕食を済ます。
限られた食料を取り合って喧嘩する声も聞こえたりはぜず、とても静かなものだった。
ボサボサの頭をした男が荷物を探り「デザート」と言ってまたリンゴを放り投げた。
食料は一緒に買って回ったはずだが、リンゴを買った覚えは無い。
私「いつの間に買ったんだ」
ボサボサ頭「肉を吟味している間にちょろりと。 金は俺のだから安心して」
私「何故、リンゴなんだ」
ボサボサ頭「今の時期美味いし、安いからね」
こいつ本当は、私の好物がリンゴであることを知っているのではないか。
齧り付くと、口の中で甘く少し酸っぱい果汁がじゅわりと染み出た。 やはり、美味い。
376 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:53:13.81 ID:fNXhvYIy0
翌日、翌々日もひたすら歩き続けた。 去年のように雨が降ることはなさそうでなによりである。
ボサボサの頭をした男はこの道をよく通るらしく、この数日も全く地図を見もせずすいすいと進んでいく。
ならば何故今更クマになど襲われたという話になる。 「運悪くしっぽ踏んだんだよ」 馬鹿か。
近道もいくつか知っているらしく、少々険しい道も歩いた。
私が歩けると言ったから通っている道なのに、なにかと手を貸してくれようとしている。
実際無理しているところなどないので「助けなどいらん」と出された手を払いのける。
眉を下げる仕草は、相変わらず眼帯には似合わない。
378 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:54:50.01 ID:fNXhvYIy0
昔女に振られた理由について話しながら小さな川の側を歩いていた時である。
突然、目の前の男が立ち止まった。 その肩に私の鼻がぶつかりそうになる。
文句を言おうとすると、男は閉じた口の前に立てた人差し指を運んだ。
「静かに」という合図である。
こいつは耳がいい。
いつか馬車に乗っていたときも後ろから迫る盗賊の蹄音に気付いたほどである。
今回も何者かの気配がしたのだろう。 ……まさかクマが現れた訳でもあるまい。
ボサボサ頭「……ちょっと、多いかも」
380 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:57:03.94 ID:fNXhvYIy0
言った瞬間、背後でガサリと茂みが揺れる大きな音がした。
私とボサボサ頭の視線はそこに奪われる。 先には武器を持った者。
と、一瞬私の視界の端――男の死角で、何かがきらりと光った。
まさか。
男を突き飛ばす。
バン、という音と共に放たれた矢は、また、私の肩を射た。
ボウガンを持った男は舌打ちをし、そして逃げていく。
ボサボサ頭が私の名を叫ぶ。
382 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:58:41.16 ID:fNXhvYIy0
私「大事無い、さっさと追え!!」
ボサボサ頭「……ッ すぐ戻る!!」
ボウガンの男を追い、私は残される。
刺さった矢を抜こうとすると、またガサリと音がして三人の男が現れた。
手には、剣を持っている。
私「……いいだろう、丁度腕が鈍っていたところだ」
思わず笑みがこぼれた。
久しぶりに剣を抜く。
384 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 15:59:19.59 ID:fNXhvYIy0
旦
木々を掻き分け雑魚の首を飛ばしボウガンを放った男を追う。
あいつの走り方は少々おかしい。 裾に隠れているが、もしやあれは――
崖に追い詰めると、相手は動きを止めこちらに振り返った。
その顔には見覚えがあった。
弓兵「よぉ」
かつての戦場で、同じ傭兵として雇われていた――
そして、決闘の途中にボウガンを放ち、彼女の左脚に命中させた男。
俺「なんのつもりだ」
弓兵「そりゃこっちの台詞だよなァ?」
387 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:01:35.95 ID:fNXhvYIy0
弓兵「テメェの為を思ってあの女隊長を撃った! しかしどうだ、テメェはその恩を仇で返しやがった。
おかげで碌な飯にもありつけやしねぇ! こんな片脚無ぇカタワなんか誰も雇いたくねえってよ!!」
弓兵「しかもだ! やっと見つけたテメェは、あの女隊長と仲良くしてやがるじゃねえかよ!
一緒に落ちた場所でヤって仲良くなったのか? そんなことでオレの人生めちゃくちゃにされたのか!?」
俺「お前の人生なんか知るかお前の存在価値なんか彼女に比べればシラミ以下だ」
弓兵「一々ムカつく野郎だな。 ……まぁ良い! テメェを殺すつもりだったが、
あの女がそんなに大事だってんならむしろ外して正解だったみたいだな!」
俺「どういう意味だ」
弓兵「あの矢には毒がたっぷりと塗ってあった! テメェは一生悔やんで死ね!!」
393 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:06:41.58 ID:fNXhvYIy0
弓兵の左の義足を叩き折り、マウントポジションをとる。
首元につきつけた剣は既に薄い皮膚を切り血を滴らせていた。
俺「解毒剤を出せ今すぐだそうすれば楽に殺してやる」
弓兵「んなもん無えよ!! 毒はヘビのもんだ、一度食らったら必ず死n」
手首を捻ると弓兵の首からは汚い血が噴き出した。
役立たずに興味はない。
立ち上がり、彼女の元へ急いで戻る。
俺「……俺の、せいじゃないか! くそ……!!」
394 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:06:48.65 ID:zJ5uuZQs0
この弓兵の気持ちはよく分かる
こいつもうこれから生きていけないだろうな
398 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:09:47.70 ID:fNXhvYIy0
彼女の名を呼ぶ。 彼女の名を叫ぶ。
返事は無い。
地面に剣が突き刺さっているのが見えた。
近付いていくと、そこにはぐったりと木に凭れる彼女の姿があった。
再び彼女の名を呼ぶ。
返事は、ない。
彼女の手には、肩に刺さっていたであろう矢が握られている。
ここに来る前に、俺が斃した覚えの無い者の死体が五体転がっていた。
彼女はそれらを斃した後、矢を抜いたのだろう。 だとすれば、毒はもう全身に――
402 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:14:24.04 ID:fNXhvYIy0
膝から崩れ落ち、うなだれる。
俺のせいだ。 俺のせいだ。 俺のせいで彼女は。
俺があの時、仕返しにとあいつの脚を切り落としたから。
俺があの時、あいつに僅かな情けをかけて生かしておいたから。
彼女の言うとおり、裏目に出た。
聴覚の妨げとなる小川の側を歩いて足音に気付くのが遅れたのは俺ではないか。
目の前の敵に惑わされて死角の敵に気付けなかったのは俺ではないか。
俺は、彼女の護衛をするためにこの旅をしているのではないのか。
何が護衛だ、守られているのは自分ではないか!
そればかりか、守るべき人を死に至らしめてしまったではないか!!
407 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:19:16.04 ID:fNXhvYIy0
彼女に対する恩をまた仇で――しかも最悪な形で、返してしまった。
もう、俺は、死を以ってその罪を償うしかない。
短剣を抜き、自らの首に構える。 今はもう、迷いは無い。
ぐっと力を込める。
こつん。
何かが頭に当たる感触がした。
枝だろうか、木の実だろうか。 顔を上げてみる。 と。
彼女「何を、やっているんだ」
彼女の手は拳骨。 どうやらそれに叩かれたらしい。
しばらく見つめ合ってから、
俺「ぎゃぁああああぁあ生き返ってるうぅぅうううううっ!!?」
彼女「勝手に殺すな!」
413 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:28:23.62 ID:fNXhvYIy0
彼女は毒にやられて死んでいた、のではなく、単に休んでいただけなようだ。
ヘビ毒による症状――激痛や腫れの広がり、頭痛や吐き気などは認められないとのこと。
あの弓兵がヘビ毒と騙されて偽物を掴まされたという結論に至った。 考えてみれば、
収入の無くなった傭兵如きに致死性の高い毒薬などが買えるわけが無いのだ。
彼女「ただな。 ……血が、止まらん」
俺「……そういうことは早く言ってくれ!」
彼女を抱きかかえ、近くの洞窟まで運ぶことにした。
彼女「は、放せっ! 自分で歩けるっ!」
今回ばかりは言うことを聞けない。 血が止まらないのに歩いては出血量を増やすだけである。
図々しくもこんなことをして彼女に嫌われてしまうかもしれないが、彼女の命には代えられない。
しかしこの、嫌がるような、少し恥ずかしがるような彼女のこの顔、非常にかわいいです。
痛みが少ないこと、血が止まらないことから、矢に塗られていたのは
ヒルの唾液に近いものではないかと考えられる。 直接死に至ることはないものの、
治らない傷口から良からぬ病原菌が入り込んでしまう恐れがあるため処置は急いだ方がいいだろう。
416 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:34:01.18 ID:fNXhvYIy0
ある程度の広さのある洞穴を発見し、彼女をそこで降ろした。
彼女「すまん、重くなかったか」
俺「鎧着込んだ状態と比べると空気運ぶようなもんだったよ」
彼女「む……す、すまん」
目が覚めた瞬間斬りつけてきた去年と比べ、彼女も随分しおらしくなったなぁと思う。
あの時の頬の傷は深く、未だに消えていない。 良い記念だし傷の下に日付も彫っておこうか。
という冗談はさておき、とにかく彼女が前言ったように
俺をすっかり信頼してくれているようで、改めて思うが大変喜ばしいことである。
419 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:36:48.46 ID:fNXhvYIy0
さて問題が発生した。 否、発生することは分かっていた。
彼女の頼みにはことごとく「はい」としか返せないイエスマン・俺である。
もちろん「包帯巻くの、手伝ってくれるか」という頼みにもイエスマンは発動してしまったのである。
その頼み、つまりどういうことか。
「正当な理由があるのなら、裸を見せてもいい」 と、そ、そういうことだ。
……いや そういうことっていったいどういうことだってばよ!!
俺「いやちょっと考え直して欲しい! 包帯巻くってことは、
俺に、その、は、裸を見られてしまうってことだろ! いいのか俺に頼んで!」
彼女「お前は衛生兵に対しても裸を恥らえと言いたいのか?」
俺「ええええええ、あー……うーん……」
な、なるほど、今の俺は衛生兵扱いか。 俺がいるから仕方なく俺に頼んでいるだけか。
そうだね誰かがしなきゃいけないもんね俺が特別ってわけではないよね!!
423 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:39:52.33 ID:fNXhvYIy0
ただ一つ、現在ですら半勃起状態の愚息をもつ俺には彼女に言っておかなければいけないことがある。
俺「えっと非常に恥ずかしながら俺も一応男の端くれですので、いざというときは斬って下さって構いません」
彼女「え、あぁ……はは、そうか。 ……まぁ、大丈夫だろう」
大丈夫って。 何が大丈夫なんだ。 彼女が俺に絶大なる信頼をおいているということか?
それはそれで嬉しいのだが、かれこれ長い付き合いになる彼女の裸をまだ一度たりとも見ていない俺が
そのような期待に応えられるかどうかは正直わからない。 いつ息子が爆発するかも分からない。
ああくそう昨日抜いておけばよかったとか今更そんな後悔しても遅いのである。
彼女「包帯、用意できたらナイフも一緒に持ってきてくれ」
俺「ナイフ? まさか俺のn」
彼女「血でへばり付いて脱げない。 服を切る」
非常に残念ながら、包帯の準備はとっくに完了している。
生唾を飲み、深呼吸をする。 腹ァくくれ! さぁ、いざゆかん!!
425 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:42:02.26 ID:fNXhvYIy0
彼女の肌着姿ですら初めてな俺である。 肌着といっても女性らしくビスチェを着込んでいるわけが無く、
俺はもちろんのこと男が着るような、吸汗性を重視した綿100%のタンクトップであった。
ナイフを持った彼女はそれにビッと切れ込みを入れる。 そしてそのまま真っ直ぐ下におろし、
タンクトップの前面は二分される。 片方ずつ腕を抜き、彼女の上半身は露わになった。
しかし、俺の視線の先は彼女の控えめな乳房でも、鎖骨でも、へそでも、くびれでもなく――
鍛え上げられた身体にある、数え切れないほどの、傷であった。
彼女「だから、大丈夫だと言っただろう」
はっとした。
彼女「私が襲われ、脱がされても……大体、それで終わる」
ここで何かを言わなければならない。 何かをしなければならない。 それは分かっていたのだが。
結局、彼女の水の催促があるまで、何もすることができなかった。 最悪だ、俺。
427 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:43:42.89 ID:fNXhvYIy0
水をかけ、血を洗い流す。 傷に滲みるのか彼女は小さな声で呻いた。
矢が刺さっていたのは肩というより胸に近かった。 重要な部分を傷つけてはいなかったものの
防具を装備していなかったために案外深い部分にまで達していたらしく、出血量は多い。
こうやって診ている間にも血はどくどくと溢れ出た。
綺麗(であろう)布を重ね傷口にあてがい、少々きつめに包帯を巻いていく。
見てしまうのは彼女に失礼である事は分かっているのに、どうしても、傷に目がいってしまう。
メイスの類で背中をえぐられた痕、無数の矢傷の痕、肩から深くまで斬り込まれた痕、
背中にも腹部にもある、焼き鏝を押し付けられたような明らかに拷問によるものと思われる痕――
小さいものから大きなものまで、たくさんの消えそうにない傷が残っていた。
彼女「汚いだろ」
視線に気付いた彼女はぽつりと言った。 一瞬だけ包帯を巻く手を止めてしまった。
「そんなことはない」と言ったが、それでは説得力の欠片もない。
429 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:44:16.55 ID:fNXhvYIy0
彼女「気を遣わなくて良い、慣れているし気にしない」
俺「気なんか遣ってない。
……他の人がどう思っているのかは知らないけど、俺はこの身体が汚いとは思わない」
俺「確かに傷だらけで『綺麗』と言えるものではないかもしれないけど……
傷は戦士の勲章というか、一人の人間として頑張って生きてきた証みたいなものだ。
だから、俺はこれが汚いとなんか絶対思ったりしない。 むしろ、その、ええと……」
「魅力的だ」「美しいとすら思う」
言葉は思いつくのだが、喉の手前で閊えてしまう。
結局言いたかったことは言えずに包帯を巻き終え、
「また明日取り替える」という事務的なことしか伝えられなかった。
430 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:45:00.41 ID:fNXhvYIy0
いつの間にか外は暗くなり、秋の気温はどんどん下がっていく。
しかし残党が居るかもしれないという警戒もあり、火を熾すことはできない。
相手に居場所を教えることになる上、またボウガンで狙われたらひとたまりも無い。
彼女は包帯を巻き終えてからすぐ、半ば気絶するかのように眠りについた。
荒かった呼吸は安定してきているものの、失血による体温の低下は否むことが出来ない。
その上地面や石壁の冷たさは俺と彼女のマントごときで防げるとは思えない。
火を熾せない今、彼女の身体を温めるには――……
彼女と俺の現在の関係は「依頼主と傭兵」と、多分「信頼関係のある仲間」とか「友達」。
超えてはならない一線はあるが、彼女は今、寝ている。
「裸で温め合う」
ついに、繰り返された妄想を実践するときがきたのである。
432 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:46:43.90 ID:UgANnxkm0
夜這いじゃねえかww
433 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:46:54.06 ID:soMHm7Nc0
もうパンツぬいでいいってこと?
434 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:47:22.91 ID:qjk4kN7Q0
大丈夫
女騎士は俺が暖めた
436 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:48:42.31 ID:fNXhvYIy0
結論を言うと、やっぱりそれもできなかった。
臆病者とでも根性なしとでもなんとでも言えばいい。 俺は紳士でありたいのだ。
しかし彼女を温めるという行為をやめたわけではない。
後ろから、彼女を抱き寄せる。 これで一応は温かくなるはずだ。
俺の腕の中で、彼女は静かに寝息をたてている。 それは俺に確かな安心感を与えた。
先ほど見た、彼女の背中。 女性に相応しくない形容詞であるが、筋肉に覆われていたそれは逞しく見えた。
逞しいはずであるのに、今目の前にある背中は何故こんなにも小さく弱弱しく見えるのだろうか。
それは彼女が「女性」だからか。 それとも「彼女」だからだろうか。 それとも、傷だらけだったからだろうか。
少し触れただけでも壊れてしまいそうだった。
彼女の、愛しく小さな背中を抱きしめ、優しく、起こさないように、耳の裏にそっと口付けをした。
「友達」の一線、ちょっと越えてしまったなぁと、後ろの壁に頭をごんとぶつけた。
440 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:50:30.91 ID:fNXhvYIy0
何時間も彼女を抱きつつの見張りを続けていたが、彼女の様子を見る以外にすることがなかった。
残党を懸念してこうやって見張りをしていたわけだが、実は残党など居なかったのではないか。
だとしたら今の数時間非常に無駄な時間を過ごしたことになる。
いや彼女の寝息を聞いたり彼女の体温を感じたり彼女の髪の匂いを嗅いだりする時間が無駄なのではない。
むしろそんな状況で見張りが出来るということは幸せだと言っても過言ではない。
しかし、何の意味もなく警戒し続けるというのは精神的に、非常に疲れるのである。
その緊張の糸を緩めても良いのではないかと考えた。
こうやって彼女を温めることも重要だし出来れば続けていたいのだが
残党が居ないとなればその役目は焚き火に任せることも出来るし、俺には他にもしたいことがあった。
441 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:52:36.16 ID:fNXhvYIy0
俺「……ふぅ」
愚息のしつけの時間である。 二人旅となると、どうしてもこのような時間の確保は難しい。
しかし何故だろう、彼女をオカズにしたわけではないというのに彼女に対する罪悪感が半端ない。
その理由は、俺の手に握られている彼女の血に汚れたタンクトップが知っているに違いない。
その後は彼女の服を川で洗濯をしたり、湧き水を確保して蒸留したり、
栄養のある(主に貧血に良しとされる)野草を集めたり、剣にこびりついた血糊をふき取ったりと、
なんだかんだしている間に日が昇り始めた。
今日も天気がよさそうである。
今年はここを通る間に雨が降りそうになることもなく、心から良かったと思う。
445 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:54:07.33 ID:fNXhvYIy0
ナイフで無精髭を剃っていると、洞窟から彼女がもそっと這い出てきた。
四つん這いで、目はぼうっとしている。 こんなかわいい生物がこの世に存在して許されるのか!
そして、その出てきた彼女の第一声が
彼女「あれは、何かの儀式でもやっていたのか?」
俺「生贄の儀式を」
暖をとるため彼女の周りに小さな焚き火を燈したのだが、
それが規則的に並んでいたために面白がってその間に線を引いた。
絵本で見たような、いわゆる魔法陣のようなものである。
彼女「いい歳して何やっているんだ」
尤もな意見である。
446 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:55:37.06 ID:fNXhvYIy0
朝食を作っていたのだが、まだ出来上がっていなかったので先に包帯の交換をすることになった。
洞窟に戻ると目の前で彼女が脱ぎ始める。 どんなストリップ・ショウよりも俺を興奮させてしまう。
彼女は衛生兵をはじめとする、目的が治療である者の場合ならば目の前でも抵抗なく服を脱げるのだそうだ。
俺は恥ずかしいことこの上ない。 絶対にB地区とか直視できない。
そこらへんは視界に入れないように気をつけながら、包帯を解き傷口を見た。
完全にとは言えないが、血は止まってきているようだし ひとまず安心する。
尤も傷が塞がるまではまだ時間がかかりそうではあるが。
450 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 16:57:20.36 ID:fNXhvYIy0
新しい当て布に交換し、また包帯を巻き直す。
後ろから巻いているため、彼女の両の脇から腕を通して包帯を左手から右手に受け渡すのだが
その瞬間俺の腕に、彼女の胸の、筋肉ではない部分に、そしてその先端に、触れそうになってしまう。
今こんなことを考えてしまうのは下劣で不純であることは重々承知なのだがこれは意識せざるを得ない。
少しでも手の位置を変えればダブルクリックの後揉みしだくことなど簡単にできてしまうのである。
そんな誘惑にも耐えられるのは俺が紳士であるからに他ならない。
俺ほどになれば彼女の髪をクンカクンカするだけで我慢することができるのだ。
昨日彼女は「身体を見れば萎える」ような事を言ったが、実際に萎えた奴居るのかよ。
こんな魅力的な身体を前にして萎えた糞野郎が居るのかよ! 馬鹿じゃねーのか!!