たまちゃんからは、すぐに手紙が来た。
「死ぬかと思いました。先生は何をしていましたか」
なんて気遣ってくれる言葉もあって、変なところで、さすが成長したなぁと感じた。
たまちゃんも4月になれば5年生に上がる春だった。
たぶん、地震の経験もあるとは思うけれど、
「先生がいなくなってもう2年・・・。あっという間に時が過ぎ去ってしまいました。
私も、小学校生活はあと2年・・・。」
みたいなことが書かれていて、時の流れをおれ自身、しみじみと感じた。
たまちゃんと一緒に過ごしたのは2年間。
そして、お別れしてもうまる2年。
これからは、たまちゃんの小学校生活で、おれが関わらない年月の方が長くなっていってしまう。
すごいエゴイズムのようにも聞こえるだろうけど、
その事実が何とも言えず、また自分の気持ちを悲しくさせた。
なんか、期待?を裏切ったようですまん。
5年生になったたまちゃんは、クラブ活動も委員会活動も始まって、充実してそうだった。
だんだんと大人になって来て、お手紙の内容も順序立てて書けているし、字も上手になって読みやすくなってきた。
ところで、たまちゃんは、毎回お手紙でクラスの友達のことも、ほぼ全員と言っていい位
ひとことずつ書き添えてくれてたんだけど、その中で、たまちゃん自身が、
1年生から特に仲良しだった友達の子とうまくいかなくなってきたことを書いていた。
まあ女の子だし、そういう時期もあるだろうと思っていたけれど、その後のお手紙を読む限り
なかなか関係がこじれて、修復が難しい感じになっているようだった。
もちろん、たまちゃんは性格上、あんまり悲壮感を出さずにそういったことを表現して
お手紙にしたためてきてくれてはいたものの、実際のたまちゃんの心情を慮ると、
こちらまd、やはり暗い気持ちにならざるを得なかった。
まあ、それとは別に、やれ運動会で自分たちのチームが勝っただの、
犬を飼い始めただの、妹が生意気になってきただの、いろいろなことを
楽しげに書いていたもんで、その点は、安心していた。
でもやっぱり、お手紙の最後は
「まだ、ほかにも話したいことはたくさんあります。それに>>1先生にまた会いたいです」
という言葉で締めくくられていて、こちらも胸が締め付けられる思いだった。
で、このころから、お手紙に合わせて写真も送ってくれるようになった。
たまちゃんが友達と楽しげに肩を組んでいる写真、運動会で疾走している写真、
遠足でふざけている写真、クラスの集合写真、笑顔でこちらにピースを向けている写真・・・。
おれの知っているたまちゃんの顔はそのままに、体はひゅっと引っ張られたように
背がぐんと伸びていて、なんだか、頭の中の姿とのギャップに思わず笑ってしまった。
女の子だから、小学生のうちは、男の子よりも身体的な成長は早い。
それも、スポーツ大好きなたまちゃんは、いかにも健康的に育っていた。
写真の中では、友達とこんなに親しげなのに、心の中では悩んでいるんだと思うと
それもまたおれを複雑な気持ちにさせた。
そんなこんなでまた1年が経ち、たまちゃんも6年生。
おれも、さすがに職場を移って4年目ということもあって、
諦めも含めて、なんとか自分のポジションを確保しつつあった。
びっくりしたのが、たまちゃんから「ケータイ買いました」という報告があったことだ。
電話番号もメールアドレスも記されていたけれど、
やはりまだ小学校に在学中の元教え子とメール交換というのは
あってはならないことだという常識的な判断が働いて、
もちろんこちらからメールを送ったりすることはしなかったけれど、
そうく情報を伝えてくること自体、たまちゃんからの一つのメッセージと考えられて、
悲しませないように気を遣う必要があった。
まあ、そんな深い意味はなかったのかもしれないけど。
6年生になって、たまちゃんは、学校生活に大忙しの様子だった。
おれも、仕事が少しずつ軌道に乗り出して、変な問題が起きて落ち込むということは減ったけど、
それでも普通に疲労がたまって、あーもー!!!とかなってるとき、
ふと郵便受けをのぞくと、狙いすましたかのようなタイミングでたまちゃんからのお手紙があるんだよね。
行事がいろいろあるらしく、修学旅行先からも手紙を送ってくれたり、
やっぱり運動会で頑張ってる姿の写真を送ってくれたり。
おれも身長は175cmくらいはあるけど、へたしたらたまちゃんも160cmくらいはあるなと思えるほど大きくなっていた。
もちろん、たまちゃんの仲間もたくさんいるんだけど、グループがいくつにも分かれてしまったらしく、
昔のようにクラスのみんなで仲良く!ということがなくなってしまったらしい。
さて、そんなたまちゃんもとうとう小学校卒業。
おれとしても、感慨もひとしお。
卒業直前に来たお手紙の返事に、卒業祝いとして伊東屋で買った万年筆を
卒業祝いとして添えて送った。
これには、すぐに返事がまた来て、すごく喜んでくれた。
たまちゃんも、中学生に上がったら、お手紙はもうなくなるかなと思った。
俺自身、仕事の辛い場面でいつもたまちゃんを思い出しているのもおかしいし、
たまちゃんの側も、長い間顔を合わせていないせいだと思うが、
俺に対する憧憬みたいなものが、ちょっと強すぎるのも心配だった。
一緒に過ごしていたころは、単にボール投げをしたり、
おんぶや抱っこをねだっていたたまちゃんが、友達グループのことで心を痛めるとは、
心配に思う気持ち半分、成長を喜ぶ気持ち半分というところで、また複雑な心境だった。
そんな状況でも、たまちゃんはクラスみんなのことについて
ひとことずつでも近況を教えてくれて、ほんとに健気だな~と思わずにはいられなかった。