…やれやれ災難だった。
ちなみにポーチは車掌さんにもらったビニール袋にぶち込み処分してもらった。
あの小物入れの代用品をまた探さないと…。
やってきた逆方面の電車に乗り込んだ俺はスマホを使いAm○zonで物色を始めた。
―
それからしばらく経ったある日の事。
俺は相変わらず残業の毎日を送っていてその日も会社を出たのは夜の11時過ぎだった。
終電の1つ前の電車に乗るのがもはや日課になりつつある。
人がポツポツとしか居ない駅のホームで電車を待つ。
―すると
ふと横から視線を感じた。
視界ギリギリのところで人の顔がチラチラ見切れる。
第六感とかではなく、完全に俺を2度見、3度見していた。
俺はチラ見する人に視線を移した。
視線を送っていたのは女性…。
…
あ…。
本来であれば他人と偶然にも目が合ってしまった場合、すぐに視線を外すのだが
横にいた女性は以前、電車内でゲロった女性となんとなく雰囲気が似ていた。
ので、疑念のような視線を送ってしまった。
すると女性が
女性「あ、あの」
話しかけられた瞬間「あぁ、やっぱりあのゲロった人だ」と確信した。
実のところ逃げ出したかった。
知らんぷりをしてしまいたかった。
が、返答した。
俺 「……はい。」
女性「こ、この前、電車で………の方ですよね?」
ずいぶん省略された質問だったが、無理もない。
俺はコンマ数秒悩んでから覚悟を決め…。
俺 「あ……。はい。…もう具合、大丈夫ですか?」
あれから数日経っているのだからまだ具合が悪いわけがない。
ただ、返答としては間違っていなかったらしい。
女性「やっぱりそうですよね?!本当にご迷惑おかけしました。」ペコッ
返答一発目で物凄く丁寧に謝られ、俺は密かにホッとした。
改めて女性を見ると随分物腰の柔らかそうな人だった。
美人とか可愛いとかいうタイプの顔ではなかったが、おっとりした優しげのある顔だった。
なんだかんだで、あの日は最初から最後まで女性の顔はほとんど見えなかったからなぁ…。
俺 「い、いいえ…俺なんもしてないですよ。」
女性「そんな事ないです。本当に助かりました。」
元々女性と話すのは得意でもなく、職場も年配のおばさん以外に若い女性は居ないので
俺は少し緊張していた。
丁度その頃、待っていた電車がホームに入ってきた為
俺と女性は電車の中に乗り込んだ。
空席はたくさんあったが、なんとなく扉横の隅にある手すりに?まり立っている事に決めた。
すると女性も俺に添う形で近くの取っ手に捕まって俺に喋り始めた。
女性「いつもこんな時間まで残業とかされてるんですか?」
俺 「あ、はい。最近はほぼ毎日ですね…。 えっと…、」
女性「はいw 私も残業です…w でもまぁ今日はたまたま、というか。」
俺 「あぁ、そうなんですか。お仕事、何されてるんですか?」
女性「っと…。その。ゲームを作ってます。」
俺 「ゲーム?」
ゲームという言葉に思わず反応してしまった。
俺はけっこうゲーム好きである。
知らんぷりして逃げる奴も多いだろうに
女性「はい。PS3とかのソフトを作ってる会社で働いてます。」
俺 「おー、凄いっすね。俺もゲームやりますよ。」
女性「本当ですか?!普段どんなのやってらっしゃるんですか?」
俺 「…オンラインゲームとかよくやってますね…。」
女性「お~・・・。」
・・・。
どうやら女性が期待していた答えではなかったらしい。
俺 「どんなゲームを作ってらっしゃるんですか?」
女性「…うーん。最近は対戦系のゲームを…。あまり有名な会社ではないので、知らないと思いますけど。」
俺 「なんて名前の会社です?」
興味津々の俺。
女性「えっと、○×って会社です」
俺 「ぁ、知ってる」
何が『あまり有名じゃない』だ。
ゲーム好きならそれなりに知れてる会社だった。
女性「ご存知でしたか?」
俺 「はい。でもすみません。そこのゲームはやった事ないです。」
女性「あらら…。」
俺 「すみません……。」
ちょっと気まずくなってしまった。
この空気は嫌なので話題を変えようと思った時
女性「…そ、それよりこの前の事なんですけど。」
俺 「え?」
女性「その…会えてよかったです。本当にありがとうございました。ずっとお礼言いたくて」
俺 「あ…いや、別に…。」
ドキッとした……。心臓がドクンってするのがわかった。
「会えてよかった」とか女性に言われるのは初めてだったから。
女性「あの日、友達との飲み会の帰りでして」
女性は淡々とゲロッた日の事を話し始めた。
きっと気にしているのだろうと思い、あえてあの日の話題は避けていたのだが、
まさか向こうから話を振ってくるとは
俺 「お酒は弱い方なんですか?」
女性「はい。なのであまり飲みません。」
俺 「あんまり飲まないタイプなのに、飲まされちゃった感じですか。」
女性「久しぶりに会った友達と居酒屋に行って…、少ししか飲まないつもりだったんですけど…」
俺 「…隣に居ただけでもお酒の匂い凄かったですよ。」
女性「はい。私、飲めないわけじゃないんです。飲むとすぐ頭が痛くなるから飲まないだけで。あまり悪酔いしたりもしませんし。」
俺 「あぁ・・・そういう事ですか。」
俺 「飲んだと。」
女性「はい…。ガブガブ飲んでました。」
俺 「ガブガブってw」
女性「お酒は嫌いなわけじゃないんです。でも、しばらくすると頭が凄く痛くなってきて、後悔するんですよね…。」
俺 「あらら、それはまた難儀な体質ですね…」
女性「はい…。」