91 : ◆Vcef9xkjaI :2011/07/02(土) 23:51:18.75 ID:+qsO8+9IO
街から出発して遺跡に向かう間、誰も口を開かない状態が続いた。
その道のりの間、私は思考を停止させ、魔物を倒し、傷付いた仲間を癒すことだけに集中する。
神へ祈り、誰かを癒す回復魔法を私がまだ使えるのが不思議でたまらない。
遺跡に到着した。
王からの依頼も完了した。
街へと戻ったが、何もする気が起きない。
ようやく気分が落ち着いてきた。
旅を続けた結果、私は強くなったのだろうか。弱くなったのだろうか。
あの日の事は明日にでもここに残そう。
吐き出さないと壊れてしまいそうだ。
結論として、遺跡に魔物は確かにいた。
ただし、遺跡にいたのは小さな魔物やその母親と思われる魔物。
この魔物を残せば、いずれ大きくなり人の街を襲うのだろう。
頭では理解している。だが、身体が動かない。
勇者と戦士が泣きながら魔物を斬り、魔法使いが泣きながら魔物を焼き払う。
悲鳴が遺跡にこだまする。
「痛い」「熱い」「殺さないで」「許して」「許して」「許して」
悪酔いしたのか気分が悪い。記録はここまでにしてもう寝よう。
この人の言葉を理解し喋る魔物に関しては、後日、別の報告書を作成し、教会へと提出する予定だ。
92 : ◆Vcef9xkjaI :2011/07/02(土) 23:52:23.13 ID:+qsO8+9IO
街を脅かし続けていた魔物の集団を殲滅したとして、街の中での私達は英雄扱いされた。
産まれたばかりの赤ん坊を一度抱いて欲しいと赤ん坊の母親に言われたが、やんわりと断る。
私達は英雄なんかじゃない。
勇者が次の街への出発を王へ進言したが断られた。
もし命に反するならば、罪人とみなすとまで言われた。
どうやら王は、私達を国の守り手とし、飼い殺しにしたいようだ。
街で噂されている隣国との戦争が近いという噂は本当のようだ。
何処でも監視の目が光っている。
精神的な疲労が溜まり、常に身体がだるい。
勇者が街からの脱走を提案した。
これだけの監視の中、気付かれずに逃げる事は無理だという事はわかっている。
逃げれば罪人の烙印を押される事もわかっている。
それでも誰も反対しなかった。
どうせ、私達はとっくに罪人なのだから。
必要最低限の荷物をまとめ、深夜に逃げるように宿を飛び出した。
監視者に見つかったのか、すぐさま街中に鐘の音が響き渡る。
怒号と悲鳴が響き渡る中、私達は走り抜けた。
途中、家の中から怯えた目でこちらを見つめる、赤ん坊を抱いていた母親を目の端に捉えた。
きっと彼女は、自分の子を英雄にしようなどとは思わないはずだ。
どうかその子が、普通の人生を歩みますように。
食料も水も僅かしか持ち出せず、馬車も無い。
それなのに、どうしてこんなに晴れ晴れとした気分なのだろう。
この夜空がとても綺麗だからかもしれない。
今日は昨日よりよく眠れそうだ。
この国に長く留まるのは危険な為、隣国へと急ぐ。
隣国は海に近いと聞いて、思わず心が踊る。
おとぎ話に聞いた巨大な湖をこの目で見られるのだ。
海は、この身に溜まる罪を洗い流してくれるのだろうか。
105 : ◆Vcef9xkjaI :2011/07/04(月) 00:31:06.72 ID:kJm+5Oklo
通常の隣国への道は整備されており、旅にも不都合は少ないのだが、私たちは追われる身。その道を通ることは出来ない。
景色は緑が増え、身を隠すにはちょうどいい。
夜露で喉を潤す。
持ち出した地図が正確ならば、このまま山道をぐるりと迂回する形で隣国の端の村まで辿りつけるはずだ。
せめてそこまで辿りつくことが出来れば、移動魔法で砂漠の国を経由せずに自国と隣国を行き来できるようになる。
進むしか無い。
食料が心もとない。
道すがら数種の魔物を倒し、食料に適した種を探す。
戦士が朝から、激しい嘔吐と下痢を繰り返す。
昼に食べた魔物が原因か。豚に似た外見に騙された。
解毒の魔法の効きが悪い。今夜は眠れなさそうだ。
どうにか戦士が持ち直すものの、立つのもやっとという状態だ。
魔力の消費をしすぎたのか、頭痛が止まらない。
気がつくと勇者の背に背負われていた。
どうやら私は倒れたらしい。
ぽつりと勇者が「ごめんな」と言った。
弱い自分がまた嫌いでたまらない。
私に続いて、戦士と魔法使いが倒れた。
私たちはここまでか。
勇者が単独で村まで向かった。
動けない私たちは、山で見つけた小さな洞穴で彼を待つ。
夜が怖い。
107 : ◆Vcef9xkjaI :2011/07/04(月) 00:55:08.26 ID:kJm+5Oklo
指が震える。文字を書くのも辛い。
魔物の声が近い。
ここ数日の記録は後日残そうと思う。
一つ言えること。
今、私たちは生きている。
魔物の声が近いと記した後、私たちの匂いを嗅ぎつけたのか、狼のような魔物が数匹現れた。
どうにか撃退するも、戦士の傷は深い。
癒しの魔法を限界まで使い、気絶しては起きてまた使う。
出血が激しかったためか、戦士はしきりに寒いと言う。
夜、魔物が群れをなしてやってきた。
戦士は虫の息だ。
私も魔法使いも傷だらけ。戦士はいつ死んでもおかしくはない。
私が覚えているのはここまで。
勇者が戻ったのはそれから三日が過ぎてからだったという。
私たちの遺体は激しく損傷していたものの、蘇生に必要な1/2は残っていたらしい。
獲物を保存する習性を持っていた魔物に救われるとは、皮肉なものだ。
108 : ◆Vcef9xkjaI :2011/07/04(月) 01:20:57.82 ID:kJm+5Oklo
死ぬという事。蘇生するという事。
変わり果てた魔法使いの姿を見て理解していたつもりだった。
自分の認識が甘かったことを痛感させられた。
生き返ってからのことは思い出したくない。
勇者が辿り着いた村には、移動魔法用の魔方陣はあるものの、充分な施設はなかったらしい。
結果、私たちは今、故郷で静養している。
家族は私を見て一日中泣いた。
私はそんな家族を、遠いものに感じていた。
身体が動くようになって数日後、教会の孤児院で養っている子供たちが私のお見舞いに来てくれた。
今の私は彼らの目にどのように映っているのだろうか。
次の日、誰ともなしに勇者のもとへと集まった。
翌日、旅を再開することが決まった。
決して使命にかられてなんかではない。
知り合いの多いここにいるのは辛すぎるからだ。
家族には旅を再開することを告げなかった。
ただ、手紙だけは残しておく。
「ごめんなさい」
それだけを書いて。
移動先の村で宿を取り、久しぶりに4人で話した。
これまでのこと、これからのこと。
自分のこと、みんなのこと。
お酒を初めて美味しいと感じた。
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) :2011/07/04(月) 01:35:06.96 ID:5gfx5fgVo
なんでこんなに切ないんだ…
111 : ◆Vcef9xkjaI :2011/07/04(月) 01:41:42.84 ID:kJm+5Oklo
村の人から馬車を譲ってもらった。
決して安くはないものの、これで随分と楽になる。
早く海が見たい。
風の匂いに違うものが混ざり始めた。
どことなく、空気がベタついている感じだ。
だが、決して不快ではない。
海を見ることができた。
この感動をどう現していいかわからない。
港町へ到着した。
入国は実にあっさりと終わり、拍子抜けしてしまう。
宿に入り休んでいると、この国の兵が現れ、明日の謁見を命じた。
明るかったみんなの表情が一転して暗いものになる。
いつでも出られるよう、荷物だけはまとめておこう。
翌朝、兵によって案内された城は驚くほどに小さいものだった。
故郷のものや、砂漠の国の城よりも二回りは小さい。
更に、王にも驚かされた。
私とそう歳の違わない女王。それがこの国の王。
謁見はあっさりと終わり、私たちは数日の滞在を許された。
何か裏があるように思えて仕方ない。
街で食料や水、装備品を買い込んだ。
様々な人が行き交い、活気が凄い。目に映るものは珍しいものばかりだ。
買い物の際、いくつかのうわさ話を聞くことができた。
海向こうの国との交易により、この国は豊かであること。
女王は若くも思慮深く、民に慕われていること。
砂漠の国の物価が上がり、そこからの交易品が品薄になっていること。
次の目的地は海向こうの国になりそうだ。
112 : ◆Vcef9xkjaI :2011/07/04(月) 02:08:46.42 ID:kJm+5Oklo
海向こうの国へは、どうやっても船で行くしかない事がわかった。
問題は、その為に必要な旅費だ。
日の余裕が無い私たちは、女王へと相談を持ちかけることにした。
せめて旅費が貯まるまでの滞在を許されればいいのだが。
長期の滞在は許されなかった。だが、事態は大きく変化する。
みんな戸惑うばかりだ。
女王の目的がわからない。
女王は滞在の代わりに、旅費の支援を提案してきた。
対価は滞在の間、謁見を決まった時間に行うというものである。
謁見の場にて女王はこれまでの旅の話を聴かせるように命じた。
話の後、宿に戻った今も理由はわからない。
女王は様々な質問を返してきた。
冒険の旅が決して英雄譚などに語られる希望に満ちたものではないこと。
食料や水など、様々な問題が山済みであることなどを話すと、しきりに頷いては何かを記録していた。
目的がわからない分、不気味さを感じる。
翌日の謁見は私と魔法使いのみが呼ばれた。
相手は女性ではあるものの王であることに変わりはない。警戒を強くする。
なぜ女王は私たちの話を聞き、涙を流したのだろう。
しきりに私たちに謝る彼女に、私も魔法使いも困ってしまった。
ただ、不思議と悪い気持ちではなかった。
その日の夜、久しぶりに魔法使いと私は同じ部屋で語り明かした。
彼女と笑って話をしたのはいつ以来だろう。
奇妙な女王に感謝を。
早朝、兵に起こされ出国を命じられた。
理由を聞くも、私たちには知る権利は無いとだけ言われる。
少しでも信じた結果がこれだ。笑ってしまう。
まるで囚人のような扱いで、急き立てられるように船に押し込められた私たちの表情は、とても無機質なものだった。
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