490:1@\(^o^)/: 2016/08/19(金) 21:38:13.80ID:Obwn9Rag.net
「ミユキちゃんは?大丈夫ですか?イトウさんは?」俺は聞いた。
「ミユキちゃんなら、外に出てったよ。イトウは、寝た。」あのバカ野郎。
とりあえず俺は心配になったので、外へ出た。
海が好きな子だったから、すぐそばのビーチまでの暗い道を探した。
街灯なんかもほとんどない、小さな島。
それだけに夜はハブも出るし、危険がたくさんある。
彼女は、サンゴ礁のかけらで出来た白い浜辺にひとりでしゃがみ込んで泣いていた。
月の出ていない夜だったから、東京では絶対に見ることのできない満点の星空。
とてつもなく美しい風景のなかで、とてつもなく可愛い女の子が泣いている。
放っておけるわけがないじゃないか。そんな奴は男ではない。
「…大丈夫?」俺は驚かせないように彼女の隣に座る。
「……大丈夫。」ミユキは洟をすすりながら答えた。
無理している。そんなことは誰の目にも明らかだ。
「なんていうか…俺なんかが口出ししていいことじゃないけど…」口ごもってしまった。
「…………………」星と星との間にある闇と同じ色の沈黙が二人の間に沈殿する。
…困った。心配して飛び出てきたはいいものの、ノープランだった。
彼女も、誰かに慰めてもらいたいなんて思っていなかったのかも知れない。
余計なお世話だったか、と俺は一瞬思ったが、もう遅い。
しばらく、波の音だけがその空間を満たす。生ぬるい風が、頬をかすめる。
491:1@\(^o^)/: 2016/08/19(金) 21:38:49.38ID:Obwn9Rag.net
「…ありがとう。」彼女がぽつり。
「気の利いた事も言ってあげられなくて…ごめん。」と俺。
「イッチ君、優しいよね。」彼女の涙はもう乾いていた。
「そんなことない。何も考えてないだけ。」ふたりでちょっとだけ笑いあう。
彼女は遠い海の向こうの、俺には見えないものを見ているような目をしていた。
無限にも思われる空の向こうで、きらっと星が瞬いた。
その時、俺たちは見たんだ。
こんなことを書くと、笑われるかもしれない。
でも、絶対に、見たんだ。酔っぱらってなんかいなかった。
未確認飛行物体。UFOが3機。
最初は三角座のような、3つの大きめの星かと思った。
でも、確実に動いていた。点が入れ替わるようにくるくると回る。
シュっと消えたり、点滅したり。自然のものでも、飛行機でもない。
「…見た?」と俺。
「…うん、見た。」と彼女。
そのあとはなんだかさっきまで悲しいことがあったなんて忘れてしまって
二人できゃあきゃあと騒いだ。白い砂をあちこちにくっつけながら。
「絶対にUFOっしょ!」
「間違いない!あたし見た!!初めて見た!!」
「俺も!俺も初めて!!」
いつの間にか、ミユキはいつもの楽しそうな表情に戻っていた。
あー、その顔はずるい。と俺は思った。
小麦色に日焼けした肌。笑顔の隙間から、白い歯がのぞく。
うん、やっぱり女の子は笑っていた方がいい。
帰り道、俺たちは手を繋ぎながら帰った。
どちらからと言う事もなく。俺は久しぶりにそれだけで、少し緊張してしまった。
492:1@\(^o^)/: 2016/08/19(金) 21:39:10.52ID:Obwn9Rag.net
その夜俺は、なかなか寝付けなかった。
だって、ミユキは宿に着くとヨリタさんの部屋に行ってしまったから。
1週間ほどあとだったか。
俺のバイトが終わるころ。
あとは、バイトして稼いだ金が尽きるまで近くの島を回る予定だった。
俺は、夕食の時それを皆に伝えた。明日、出ていくと。
みんな名残惜しそうにしてくれた。
その日は、何のトラブルもなく穏やかに、でもいつも通り騒いだ。
島唄が、泡盛と一緒に俺の身体に沁みる。
陽気で、愉快で、それなのにどこか切なさを誘う調べ。
なぜだか、ミユキだけは少しぶすっとしているように見えた。
俺は次の日、船の時間より少し早く宿を出た。
給料をもらい、ここで過ごした間に世話になった近所のおじいとおばあに挨拶するため。
ほとんど何を言っているか分からなかったけど、島の人たちはみんな優しかった。
遥か昔に戦争があったなんて信じられないくらいに明るく生きていた。
港に行くと、大きな荷物を抱えた見慣れた姿があった。
バックパックに、テントや寝袋までくくりつけている。
…ミユキ?
493:1@\(^o^)/: 2016/08/19(金) 21:39:40.23ID:Obwn9Rag.net
「何してんの?」と俺。バカ面も甚だしい。
「一緒に行く。」と彼女。
「え?」
「え?」
顔を見合わせる。彼女はにっこりとほほ笑んだままだ。
「なんで?」と俺。他に言葉はないのか。
「なんでも。」と彼女。なんだよ、これどういうことだよ。
俺は激しく混乱した。
「…だめ?」上目使いはやめなさい。
「だめじゃないけど…でも…」と優柔不断な俺。
そんな困った俺を見かねてか、彼女はちょっとだけ強めに言った。
「あたしが乗りたい船に、あなたが乗るの。それでいいでしょ?」と。
…そうですか。断る理由が見つからなかった。
「うん。わかった。そうだね。」そう言うしかない。
494:1@\(^o^)/: 2016/08/19(金) 21:40:05.82ID:Obwn9Rag.net
船に乗る。ほんの近くの、さらに小さい島だ。
時間にして30分くらいだったか。
波は結構あったが、彼女は平然としていた。
さんさんと降り注ぐ太陽と真っ白い雲と、真っ青な海とミユキ。
まるで一枚の絵のようだった。風に煽られ彼女の長い髪がさらさらとなびく。
バックパッカーというものは、基本的に予定を立てない。
この日も、俺は一人のつもりだったし宿の予約なんかしていない。
港というにはあまりにもお粗末な、ただの堤防の様な所に降ろされる。
俺たち以外は、ほとんどこの島の住人。中には民宿の客引きもいたが、
船を降りるなり、彼女は言った。
「おすすめの場所があるの。イッチ君と行きたい。」
特に異論はない。彼女はこのあたりの島をよく知っている。
もう、毒を食らわば皿までだ。
とぼとぼと、彼女の後をついていく。
赤茶けた、乾燥した大地の上に、収穫手前のさとうきびが連なる。
15分も歩いたら、島の反対側に出た。それくらい小さな島だ。
ビーチの手前にマングローブだろうか、茂みがあって、
一か所だけ人ひとりが通れるような道が作られている。
樹木の切れ間に白い砂浜と海と空が口を開けている。
彼女はさくさくと音を立てながら迷いなくその道を進む。
俺も後からついていく。5メートルほどでバッっと視界が開けた。
なんっっっっっっにも、ない。
495:1@\(^o^)/: 2016/08/19(金) 21:40:35.36ID:Obwn9Rag.net
でもよく見ると、ずっと端っこの方に東屋と、トイレらしきものだけは見えた。
あとは、砂、死んだ白く変色したサンゴ、防風林、貝殻、うみ、そら、くも。以上。
ちょうど引き潮の時間帯だったのか、岩場が見えて映画「アビス」に出てきそうな
軟体生物の様な、何色だかもわからない生物がそれを覆っている。地球の素肌だ。
「ここ、いいでしょ?何にもなくて。」彼女は言った。頭の中覗いてるんじゃないか。
でも確かにいい。文明の香りがほとんどしない。その上水場はちゃんとあるし。
「ここで、キャンプしようよ。」え?泊まるの?ここ。
彼女は俺の返答も待たずに東屋まで歩いて荷物を降ろし、テントを立て始めた。
そんなにいいテントじゃない。くすんだオレンジ色の、昭和の林間学校みたいなテント。
でもあれですよね。テント、ひとつしかないですよね。どうすんの?一緒に寝るの?
俺はぽかんとしたまま戸惑っていた。
「ちょっと、手伝ってよ。」えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。
なんか色々と解決しなきゃいけない気もしたが、とりあえず手を出す。
さすが手慣れたものだ。ものの10分もかからずにベースは出来た。
建てているときに東屋の傍らにたき火の跡があることに俺は気が付いた。
結構、こうやってキャンプする人いるのかもな。
496:1@\(^o^)/: 2016/08/19(金) 21:40:53.69ID:Obwn9Rag.net
「買い出し、行こうよ。」彼女は言った。そういえば日も傾いてきている。
またとぼとぼ彼女の後を追って、島にある唯一の商店へ向かう。
日用品から簡単なアウトドアグッズ、なんだかすごい色した魚の切り身なんかの
生鮮食品やお酒が所狭しと並ぶ。ガソリンまで売っていた。全部割高だが。
謎の魚、たまねぎやじゃがいも、冷えたオリオンビールと氷、パッションフルーツ、
ついでというわけじゃないが一升瓶の一番安い見たことの無いラベルの泡盛を買った。
たいして大きくもない折りたたみのクーラーボックスがいっぱいになる。
バイト代出たばかりだから、と俺が払おうとするとミユキはピッタリと半額
俺によこした。いいよと言っても彼女は譲らなかった。
「そういうのは、フェアじゃ、ない。」そう言われては受け取るしかなかった。
キャンプに戻る。日が暮れる前に枯れ木を集めたき火の準備をしなければならない。
あと、生命線の真水だ。これもトイレでやはり折りたたみのタンクに汲む。
俺がそういった力仕事をしていると、彼女はバックパックの中から
何種類ものビンや袋を取り出し、野菜を刻み始めた。
「今日はフィッシュカレーにしましょう」軽やかに彼女は言う。何の魚か知らないが。
あっというまに夕暮れ時になった。とてつもなくでかい、真っ赤な太陽が沈む。
米を炊き、いい香りを放つカレーを煮込みながら、思わず言葉を無くしてしまう。
「うわぁ……」と俺。こんな声しか出てこない。
「港の方からは、朝焼けもみえるのよ。それも、とても素敵。」と彼女。
そうか。島だもんな。当たり前のことではあるが、なんだかすごく納得した。
497:1@\(^o^)/: 2016/08/19(金) 21:41:09.89ID:Obwn9Rag.net
たき火と、ちいさなオイルランプだけで二人きりの食卓。
いままでみんなで毎晩騒いでいたから、何をしゃべっていいのかわからない。
でも別に、それでいいかとも思った。
優しく波が引いては寄せる。
カレーは思いのほか、美味しかった。
魚は色だけは奇妙だったが、淡白な白身でクセもなかった。
ふたりだけで、オリオンビールを開けて、乾杯。3本ずつ。
そういえば、俺は彼女の事を殆ど知らなかった。
年齢と、下の名前だけ。みんなで騒いでいる時も、彼女は自分の事はあまり話さない。
なんとなく突っ込めずに、ここまで来てしまった。
俺は彼女の、笑顔の反対側に何か暗い過去があるのではと勝手に想像した。
ビールは無くなった。すると彼女は買ってきたパッションフルーツを二つに割り、
それを器にして氷を入れ、直接泡盛を注いで俺に手渡してくれた。…なかなかいける。
空洞になっているそれはグラスの代わりにちょうどよかった。
内側についているつぶつぶの果肉と混じり、酒臭さが消える。
ふいに、彼女があっちへ行こう、と俺を誘った。
火をけし、やはり彼女についてゆく。誰もいない、ビーチの真ん中。足元は真っ暗だ。
片手に、グラス代わりのパッションフルーツ。泡盛をなみなみ。
もう片手には、彼女の小さな手。
498:1@\(^o^)/: 2016/08/19(金) 21:41:32.01ID:Obwn9Rag.net
二人で。仲良く砂浜に直接腰を下ろす。
まだ、日中の太陽の熱が残っていて、少し暖かかった。
「この島はね、星がとてもきれいなの」彼女は言った。
上を見上げる。今日までいた島もすごかったか、確かに言うだけある。
圧倒的。星空というよりは、宇宙。手が届きそうだ。
「ほんとだ…」俺は思わず見とれてしまった。こんなきれいなものがあったのか。
「イッチくんて、おもしろいね。子供みたい。」褒めてるのか?それ。
「…なんで、ついてきたの?」俺は無視して気になっていることを聞いた。
「…あなたについて行ったら、楽しそうだったから。」にこりと、彼女は言った。
よくわからない。彼女はいつも、肝心なところを口にしない。
それでもじっと、俺の目を見る。そこにも圧倒的な星空があった。
499:1@\(^o^)/: 2016/08/19(金) 21:41:52.89ID:Obwn9Rag.net
思わず俺は、彼女にキスをしてしまった。
嫌がることもなく、彼女は俺を受け入れてくれた。
ちくりと罪悪感が心を刺したが、俺は抗えなかった。
そんな目で、見つめられたら、しょうがないじゃないか。
ひとしきり小鳥のさえずりのようなキス。リップクリームの甘い香りがした。
これは、ココナッツか。南国らしい香りは彼女のイメージにぴったりだった。
「…しちゃったね。あーあ。」彼女が言った。それはないだろ?
「うん。しちゃった。」俺は彼女から目をそらしながら言った。
きまずさを消すように泡盛を口に運ぶ。彼女とパッションフルーツの味がした。
しばらく月が高く上るまで、無言で星をみつめた。
さっきよりも、二人は距離を詰めて座っていた。
手を、繋いだまま。静かで、おだやかで、でも危険な夜。
唐突に彼女が口を開いた。
これは簡単にまとめよう。
彼女の両親は、彼女が二十歳の時に事故で亡くなったと言う事。
その保険金を倹約しながら、旅を続けている事。
実家は他人に貸出し、戻るところは無いと言う事。
学校もあまり好きではなく、大学には行かなかった事。
俺には、何も言えなかった。代わりに、彼女の手をちょっと強く握った。
500:1@\(^o^)/: 2016/08/19(金) 21:42:10.70ID:Obwn9Rag.net
「ねぇ、しようよ。」と彼女。え?なんつった?何の準備もないよ?
彼女が俺に、しだれかかってくる。俺はよろけそうになり、思わず抱き留める。
あーこれ、ずるいわ。もうどうしようもない。
「大丈夫。この浜辺は、夜には人、こないから。」そういうことじゃないよ君。
でも彼女が俺のくちびるを押し分けて舌を絡めてきたときには、
俺の中の最後の理性も木端微塵に吹っ飛んでしまった。
きっと何千年もほとんど変わっていないであろう風景の中で俺たちは睦みあった。
砂まみれになりながら、月と星に、覗かれながら。
荒い息を整えた後、俺たちはそのまま裸で海に入った。
海に反射する月明かりの元で見る彼女のしなやかな裸体には、神々しささえ感じた。
沖縄とはいえ、この時期の海は少し肌寒く感じたが、彼女がぴったりと身を寄せて
くれたので、震えるほどではなかった。海の中で、また俺たちはキスをした。
501:1@\(^o^)/: 2016/08/19(金) 21:42:31.42ID:Obwn9Rag.net
そのまま、彼女と俺はしばらく旅を続けた。
ある時は、違う島の違うゲストハウス。ある時は、また違う島の、民宿。
あの島には経路として一度だけもどったが、ヨリタさんに顔を出すことはなかった。
那覇でのこと。俺は彼女に切り出した。もう金が尽きかけていた。
「そろそろ、帰らなきゃならない。東京に。」と。
「そう。あたしは、いかない。東京は嫌い。」と彼女はまた簡単に言った。
あっさりしたものだった。きっと彼女はそうやって、一人で強く生きてくのだろう。
まるで野生の猫のような独立心。俺とは生きる世界が違ったのだろう。
でもひと時でも一緒に居られて俺は幸せだった。
今でも彼女は旅を続けているのだろうか。
できるならば、彼女が安住の地を見つけていることを願う。
つきあうとかつきあわないとか、そういう尺度で生きていない自由な女性だった。
502:1@\(^o^)/: 2016/08/19(金) 21:42:44.72ID:Obwn9Rag.net
余談であるが、その後噂ではヨリタさんは酒でトラブルをおこし、
もうその島にはいないとのことだ。
ドレッドのボンゴさんは数年前までは確実にその島で酒場を開いていたらしい。
あのイトウの野郎が台湾に無事にたどり着いたのかは、知ったことじゃない。
人生において何回かした旅の、忘れられない思い出のひと粒。
それを文字に起こせる幸せを感じながらも、俺は同時に年齢を感じざるを得ない。
もし若いひとがこれを読んで、旅に出てくれたら、俺はとてもうれしいと思う。
歳をとったら、なかなかできなくなるから。
おわり。
503:1@\(^o^)/: 2016/08/19(金) 21:43:37.82ID:Obwn9Rag.net
ありがとうございました。
486:名も無き被検体774号+@\(^o^)/: 2016/08/19(金) 21:36:10.58ID:rztvWGGe.net
完走おつ!!
仕事始まってなかなか読めてなかったけど、やっと追いついたー
連休中はここ読むのが楽しみだった
色々大変だとは思うけど、良い嫁さんも居るし頑張れるでしょ!
読んでて俺も頑張ろうと思ったよ
506:名も無き被検体774号+@\(^o^)/: 2016/08/19(金) 23:29:18.11ID:hnEBBlv+.net
フィッシュカレー!
番外編も楽しかったー
フェス思いっきり楽しんできてね!
507:1@\(^o^)/: 2016/08/19(金) 23:42:39.57ID:Obwn9Rag.net
>>506
そう、カレー氏のおかげで思い出したんだこの話W
ありがとうな!
今、入念にストレッチしてるぜ!
モッシュでギックリになったら目も当てられないからな。
448:名も無き被検体774号+@\(^o^)/: 2016/08/18(木) 19:43:14.97ID:lBJCKUHh.net
これ読むのが毎日の楽しみだった!
完走してくれてありがとう!お疲れ様!
449:1@\(^o^)/: 2016/08/18(木) 19:46:06.58ID:4skXIOg4.net
>>448
そんなこと言われると照れるぜ///
毎日読んでくれてありがとうな!
スレ立ててよかった。