高野光《飛び降り自殺》享年39(2000年)
東京都豊島区の自宅マンションから飛び降り、死亡していたことが6日、明らかになった。警視庁目白署の調べによると、5日午後11時45分ごろ、7階の窓から家族の制止を振り切るように飛び降りた。目白署は自殺と断定した。遺書はなかった。
高野さんは由紀夫人(38)の制止を振り切るように飛び降りた。現場を目撃した19歳の男性によると、高野さんはマンション7階(地上約15メートル)の窓から上半身を乗り出していた。夫人と言い争いをしているように見えたという。高野さんは直下の歩道にドスンという音を立てて落下。「助けて!」と悲鳴を上げた夫人は駆け下りてくると、即死状態で横たわる夫の前でうろたえるばかりだった。110番通報は長女(10)がしたという。
三輪田勝利《飛び降り自殺》享年53(1998年)
オリックス・ブルーウェーブ(現バファローズ)のスカウトを束ねる編成部長・三輪田勝利は那覇市の賃貸マンション12階から身を投げた。
同年のドラフトで1位指名した沖縄水産高・新垣渚投手(現福岡ソフトバンク・ホークス)との入団交渉の最中のこと。
那覇署の調べでは最上階の11階廊下に三輪田さんの免許証、靴、財布が並べて置かれており住人が午後0時半頃、11階廊下の手すりをまたごうとしている三輪田さんを2回見かけている。宿泊先ホテルのベットサイドのメモに 「ドラフト制度改革逆指名制度はナンセンス」と書かれていたため、ドラフトにおける逆指名制度がナンセンスだと悩んでの自殺と結論づけた。
三輪田は球団上層部に「新垣宅へ行ったものの(面会を)断られた」と報告したが、上層部は逆に三輪田を厳しく叱責した。新垣側と球団の板挟みになった三輪田は心身ともに追い込まれ、1998年11月27日に那覇市内で投身自殺した。享年53。遺書は発見されなかったが、遺体発見現場の状況や経緯から三輪田の死は自殺と断定され、1999年に労働災害が認められた。
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